そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

45項

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 ―――時は少し遡る。
 日が暮れてきたため、仕方なく待ち合わせ場所だった川沿いから急きょシマの村へと戻って来たソラとキース。
 そのバケツの中に鮎こそ入っていなかったものの、他の魚は何匹か釣りあげていた。
 と、旅館の前で立っている人影を見つけ、ソラが真っ先にその人影へと駆け寄っていく。

「カムフ! こんなとこにいて…起きてて平気なの?」

 反射的にそう尋ねたものの、その頭には未だ氷のうがしっかりと乗せられている。

「まあ俺のことは大したことないから気にすんなって…それよりも、夕飯時刻になっても誰も全然帰ってこないから心配したんだぞ」

 カムフが心配するのも無理はない。
 帰宅予定だった時刻より大分時間が経過していた。
 ソラたちが旅館に辿り着いたときにはついに日も暮れてしまっており、辺りは旅館内からの照明と玄関前に建てられた外灯だけが唯一の明かりとなっていた。
 心配性のカムフならばとっくに森中を捜索に向かっていても可笑しくはない時間であった。
 実際、そうするべく此処にいたのだろうとソラは内心思う。

「それでロゼさんとレイラは? いないようだけど…」

 辺りを見回すカムフに、ソラとキースは互いに顔を見合わせてから事情を説明する。

「それがさ…二人とも時間になっても戻ってこなくて。もしかしたら先に帰ったのかもと思ってたんだけど」
「まだ帰ってきてはいない…」
「うん…きっと山菜採りで奥まで探しに行ったせいで帰るのが遅くなってるのかも」
「そ、そそそ…それは大変だ!」

 ソラの言葉を聞くなりカムフは目を白黒させ、更には顔を真っ青にさせながら山林の方へ駆けていこうとする。
 バチャリ、と、カムフが頭部に当てていた氷嚢が落ちる。

「と、とにかく二人を探しに行かないと!」
「待って! 落ち着いてってば!」

 が、駆け出そうとするカムフの腕を引っ張り、ソラは慌てて彼を引き留めた。

「だ、だけど…夜の森は危険だろ!? 例の賊については大丈夫だとしても、獣だって出てくるんだ。安心することは出来ないだろ…!?」

 夜の山や森は大変危険だ。獣に不意を突かれ襲われる危険性もさることながら、夜道は村人でさえ迷ってしまうこともあるからだ。
 村周辺の巡回をしているアマゾナイトといえど、暗くなれば安全な場所に留まって野営をしているはずなのだ。

「大丈夫だって! だって、がいるんだよ?」
って…ロ、ロゼさんのこと…?」

 意外な言葉にまたもや目を白黒させるカムフ。

「こういうときのアイツって案外ちゃんとしてるっていうか…何とかしてくれるって感じがあるからさ……絶対レイラと一緒にちゃんと帰ってくるよ。だから大丈夫!」

 これまでになかった絶対的な信頼と自信。そんな感情を含んだ真っ直ぐな瞳でソラは断言する。
 いつの間に、こんなにロゼを信頼出来るようになったのだろう。と、カムフは不意に複雑な気持ちを抱き。それを慌てて隠す。

「けど…ロゼさんだって…流石に…夜道は……」

 と、そのときだ。
 キースが突然カムフの服袖を引っ張った。指を差す方向―――その遠くでは此方に近付いてくる人影が見えた。 

「あれって…!」

 急いでソラたちは人影の―――夜の暗闇に紛れてしまいそうな風貌のへと駆け寄っていった。

「ロゼ!」
「ロゼさん!」

 姿を見せたロゼの背では、レイラが背負われていた。

「レイラッ!?」

 ソラたちは顔を真っ青にしてレイラを覗き込む。が、聞こえてきたのは至って穏やかな寝息だった。

「安心して…軽く足を挫いただけだから。まあ…背負っている間に疲れが出たんでしょうね。寝てしまったようだけど」

 彼の言葉を聞いた途端、ソラ、カムフ、キースの三人は安堵に胸を撫で下ろすと同時にその場に座り込んでしまう。
 特に、このメンバーの誰よりも疲弊しきった顔をしているカムフは深いため息を吐き出しつつ、空を仰いだ。

「よ、良かった…ホントに良かった……」
「私が一緒なのだから無事は当然でしょ」
「その自信がこんなにありがたいとは思いませんでしたよ」

 と、ソラはおもむろに未だぐーすか寝ているレイラの様子に顔を顰めた。

「けどその寝顔…なんかさ……すっごくムカつく…!」

 そう洩らした後にソラは八つ当たりの如く、レイラの頬を抓って叩き起こすわけだが。
 その直後、周辺は鳥たちが逃げてしまうほどに、辺りは一瞬にして騒がしくなったのだった。

「いったーいッ!!」







      
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