そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
295 / 323
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

45項

しおりを挟む
      






 ―――時は少し遡る。
 日が暮れてきたため、仕方なく待ち合わせ場所だった川沿いから急きょシマの村へと戻って来たソラとキース。
 そのバケツの中に鮎こそ入っていなかったものの、他の魚は何匹か釣りあげていた。
 と、旅館の前で立っている人影を見つけ、ソラが真っ先にその人影へと駆け寄っていく。

「カムフ! こんなとこにいて…起きてて平気なの?」

 反射的にそう尋ねたものの、その頭には未だ氷のうがしっかりと乗せられている。

「まあ俺のことは大したことないから気にすんなって…それよりも、夕飯時刻になっても誰も全然帰ってこないから心配したんだぞ」

 カムフが心配するのも無理はない。
 帰宅予定だった時刻より大分時間が経過していた。
 ソラたちが旅館に辿り着いたときにはついに日も暮れてしまっており、辺りは旅館内からの照明と玄関前に建てられた外灯だけが唯一の明かりとなっていた。
 心配性のカムフならばとっくに森中を捜索に向かっていても可笑しくはない時間であった。
 実際、そうするべく此処にいたのだろうとソラは内心思う。

「それでロゼさんとレイラは? いないようだけど…」

 辺りを見回すカムフに、ソラとキースは互いに顔を見合わせてから事情を説明する。

「それがさ…二人とも時間になっても戻ってこなくて。もしかしたら先に帰ったのかもと思ってたんだけど」
「まだ帰ってきてはいない…」
「うん…きっと山菜採りで奥まで探しに行ったせいで帰るのが遅くなってるのかも」
「そ、そそそ…それは大変だ!」

 ソラの言葉を聞くなりカムフは目を白黒させ、更には顔を真っ青にさせながら山林の方へ駆けていこうとする。
 バチャリ、と、カムフが頭部に当てていた氷嚢が落ちる。

「と、とにかく二人を探しに行かないと!」
「待って! 落ち着いてってば!」

 が、駆け出そうとするカムフの腕を引っ張り、ソラは慌てて彼を引き留めた。

「だ、だけど…夜の森は危険だろ!? 例の賊については大丈夫だとしても、獣だって出てくるんだ。安心することは出来ないだろ…!?」

 夜の山や森は大変危険だ。獣に不意を突かれ襲われる危険性もさることながら、夜道は村人でさえ迷ってしまうこともあるからだ。
 村周辺の巡回をしているアマゾナイトといえど、暗くなれば安全な場所に留まって野営をしているはずなのだ。

「大丈夫だって! だって、がいるんだよ?」
って…ロ、ロゼさんのこと…?」

 意外な言葉にまたもや目を白黒させるカムフ。

「こういうときのアイツって案外ちゃんとしてるっていうか…何とかしてくれるって感じがあるからさ……絶対レイラと一緒にちゃんと帰ってくるよ。だから大丈夫!」

 これまでになかった絶対的な信頼と自信。そんな感情を含んだ真っ直ぐな瞳でソラは断言する。
 いつの間に、こんなにロゼを信頼出来るようになったのだろう。と、カムフは不意に複雑な気持ちを抱き。それを慌てて隠す。

「けど…ロゼさんだって…流石に…夜道は……」

 と、そのときだ。
 キースが突然カムフの服袖を引っ張った。指を差す方向―――その遠くでは此方に近付いてくる人影が見えた。 

「あれって…!」

 急いでソラたちは人影の―――夜の暗闇に紛れてしまいそうな風貌のへと駆け寄っていった。

「ロゼ!」
「ロゼさん!」

 姿を見せたロゼの背では、レイラが背負われていた。

「レイラッ!?」

 ソラたちは顔を真っ青にしてレイラを覗き込む。が、聞こえてきたのは至って穏やかな寝息だった。

「安心して…軽く足を挫いただけだから。まあ…背負っている間に疲れが出たんでしょうね。寝てしまったようだけど」

 彼の言葉を聞いた途端、ソラ、カムフ、キースの三人は安堵に胸を撫で下ろすと同時にその場に座り込んでしまう。
 特に、このメンバーの誰よりも疲弊しきった顔をしているカムフは深いため息を吐き出しつつ、空を仰いだ。

「よ、良かった…ホントに良かった……」
「私が一緒なのだから無事は当然でしょ」
「その自信がこんなにありがたいとは思いませんでしたよ」

 と、ソラはおもむろに未だぐーすか寝ているレイラの様子に顔を顰めた。

「けどその寝顔…なんかさ……すっごくムカつく…!」

 そう洩らした後にソラは八つ当たりの如く、レイラの頬を抓って叩き起こすわけだが。
 その直後、周辺は鳥たちが逃げてしまうほどに、辺りは一瞬にして騒がしくなったのだった。

「いったーいッ!!」







      
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

罪なき令嬢 (11話作成済み)

京月
恋愛
無実の罪で塔に幽閉されてしまったレレイナ公爵令嬢。 5年間、誰も来ない塔での生活は死刑宣告。 5年の月日が経ち、その塔へと足を運んだ衛兵が見たのは、 見る者の心を奪う美女だった。 ※完結済みです。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

義妹がピンク色の髪をしています

ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。

処理中です...