上 下
295 / 298
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

45項

しおりを挟む
      






 ―――時は少し遡る。
 日が暮れてきたため、仕方なく待ち合わせ場所だった川沿いから急きょシマの村へと戻って来たソラとキース。
 そのバケツの中に鮎こそ入っていなかったものの、他の魚は何匹か釣りあげていた。
 と、旅館の前で立っている人影を見つけ、ソラが真っ先にその人影へと駆け寄っていく。

「カムフ! こんなとこにいて…起きてて平気なの?」

 反射的にそう尋ねたものの、その頭には未だ氷のうがしっかりと乗せられている。

「まあ俺のことは大したことないから気にすんなって…それよりも、夕飯時刻になっても誰も全然帰ってこないから心配したんだぞ」

 カムフが心配するのも無理はない。
 帰宅予定だった時刻より大分時間が経過していた。
 ソラたちが旅館に辿り着いたときにはついに日も暮れてしまっており、辺りは旅館内からの照明と玄関前に建てられた外灯だけが唯一の明かりとなっていた。
 心配性のカムフならばとっくに森中を捜索に向かっていても可笑しくはない時間であった。
 実際、そうするべく此処にいたのだろうとソラは内心思う。

「それでロゼさんとレイラは? いないようだけど…」

 辺りを見回すカムフに、ソラとキースは互いに顔を見合わせてから事情を説明する。

「それがさ…二人とも時間になっても戻ってこなくて。もしかしたら先に帰ったのかもと思ってたんだけど」
「まだ帰ってきてはいない…」
「うん…きっと山菜採りで奥まで探しに行ったせいで帰るのが遅くなってるのかも」
「そ、そそそ…それは大変だ!」

 ソラの言葉を聞くなりカムフは目を白黒させ、更には顔を真っ青にさせながら山林の方へ駆けていこうとする。
 バチャリ、と、カムフが頭部に当てていた氷嚢が落ちる。

「と、とにかく二人を探しに行かないと!」
「待って! 落ち着いてってば!」

 が、駆け出そうとするカムフの腕を引っ張り、ソラは慌てて彼を引き留めた。

「だ、だけど…夜の森は危険だろ!? 例の賊については大丈夫だとしても、獣だって出てくるんだ。安心することは出来ないだろ…!?」

 夜の山や森は大変危険だ。獣に不意を突かれ襲われる危険性もさることながら、夜道は村人でさえ迷ってしまうこともあるからだ。
 村周辺の巡回をしているアマゾナイトといえど、暗くなれば安全な場所に留まって野営をしているはずなのだ。

「大丈夫だって! だって、がいるんだよ?」
って…ロ、ロゼさんのこと…?」

 意外な言葉にまたもや目を白黒させるカムフ。

「こういうときのアイツって案外ちゃんとしてるっていうか…何とかしてくれるって感じがあるからさ……絶対レイラと一緒にちゃんと帰ってくるよ。だから大丈夫!」

 これまでになかった絶対的な信頼と自信。そんな感情を含んだ真っ直ぐな瞳でソラは断言する。
 いつの間に、こんなにロゼを信頼出来るようになったのだろう。と、カムフは不意に複雑な気持ちを抱き。それを慌てて隠す。

「けど…ロゼさんだって…流石に…夜道は……」

 と、そのときだ。
 キースが突然カムフの服袖を引っ張った。指を差す方向―――その遠くでは此方に近付いてくる人影が見えた。 

「あれって…!」

 急いでソラたちは人影の―――夜の暗闇に紛れてしまいそうな風貌のへと駆け寄っていった。

「ロゼ!」
「ロゼさん!」

 姿を見せたロゼの背では、レイラが背負われていた。

「レイラッ!?」

 ソラたちは顔を真っ青にしてレイラを覗き込む。が、聞こえてきたのは至って穏やかな寝息だった。

「安心して…軽く足を挫いただけだから。まあ…背負っている間に疲れが出たんでしょうね。寝てしまったようだけど」

 彼の言葉を聞いた途端、ソラ、カムフ、キースの三人は安堵に胸を撫で下ろすと同時にその場に座り込んでしまう。
 特に、このメンバーの誰よりも疲弊しきった顔をしているカムフは深いため息を吐き出しつつ、空を仰いだ。

「よ、良かった…ホントに良かった……」
「私が一緒なのだから無事は当然でしょ」
「その自信がこんなにありがたいとは思いませんでしたよ」

 と、ソラはおもむろに未だぐーすか寝ているレイラの様子に顔を顰めた。

「けどその寝顔…なんかさ……すっごくムカつく…!」

 そう洩らした後にソラは八つ当たりの如く、レイラの頬を抓って叩き起こすわけだが。
 その直後、周辺は鳥たちが逃げてしまうほどに、辺りは一瞬にして騒がしくなったのだった。

「いったーいッ!!」







      
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

真実の愛ならこれくらいできますわよね?

かぜかおる
ファンタジー
フレデリクなら最後は正しい判断をすると信じていたの でもそれは裏切られてしまったわ・・・ 夜会でフレデリク第一王子は男爵令嬢サラとの真実の愛を見つけたとそう言ってわたくしとの婚約解消を宣言したの。 ねえ、真実の愛で結ばれたお二人、覚悟があるというのなら、これくらいできますわよね?

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...