281 / 307
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
31項
しおりを挟む蝋燭がなければ歩けないほどの暗闇に包まれた通路。
強い湿気とカビ臭さに眉を顰めつつ、その通路を歩く男二人。
「あ、アニキ…本当に報告する気ですかい?」
そう言って終始怯えた姿を見せる弟分―――もといゴンザレス。
すると彼の先を行く兄貴分の男は震える弟分の頭部を思いっきり殴った。
「馬鹿野郎! 此処まで来たらもう言うだけ言うしかねえだろ! それかアマゾナイトに駆け込むのか、俺たちだけで!」
彼の怒声にゴンザレスは言葉を詰まらせる。
「何にも知らず人質として暮らすテメエの妹ちゃんのためには俺たちゃあもう…『丼鼠の刃』のマスターに嘘の報告をするしかねえんだよ…」
平然とそう語ってみせる兄貴分の男であったが、ランプを握るその手は明らかに震えていた。
と、二人は通路の行き止まりに辿り着く。前方には重厚感漂う扉が一つ。
二人で開け放ったその扉の先には、燭台が並ぶ仄暗い空間が広がっていた。
温かなはずの灯火は不気味に揺らめき重苦しい雰囲気が漂っている。
「―――吾輩も暇ではない。わざわざ呼びつけるとは良い度胸だな」
部屋の中央、隔てるように置かれた衝立の向こうから聞こえる声。
それが『丼鼠の刃』のマスターであった。
当然、その姿は二人の方からは伺い知れない。だがその低く重苦しい声だけで、二人は思わず身体を小さく小さく屈ませる。
「す、すみませんマスター…ですが、与えられた依頼の報告をしたく…」
「『鍵』の件か…ということは手に入れたということか…?」
「そ、それが…」
兄貴分の男は人知れず息を吞み込み、それから言った。
「件のガキ…『鍵』は…持ってなかった、です…」
直後、先ほど以上にピリピリとした―――まるで殺気立った空気が漂い始める。
暑くもないはずなのに二人の額からは大量の汗が流れ落ちる。
「それで報告に…来たと…」
「へい」
「そもそも『鍵』というのもどんな形状かよくわからなくて…その…一応教えて貰えはしませんか…?」
放たれ続けるこの威圧感の中で、その質問はあまりにも無鉄砲なものだと男たち自身ある程度は覚悟していた。
だが『鍵』が一体どういうもので、どうした目的で奪おうとしているのか。という、そんな好奇心に勝てなかったのだ。
するとマスターはただ一言。
「お前たちが知る必要はない」
そう一蹴した。
「元より持っている可能性は低いと最上界様は仰っていたが……それならば仕方がない。お前たちは下がれ。後日別の依頼を出す」
その言葉に二人はこの状況にも関わらず安堵の顔で互いを見合う。
「で、では俺たちゃこれで…!」
さっさとこの場を去ろうと、兄貴分の男とゴンザレスは立ち上がるなりそそくさと部屋を出ようとする。
だが、その扉のドアノブを握ったときだった。
「―――待て」
二人はマスターに呼び止められた。
「…それで、『鍵』を持っていたとされるガキは始末したのか?」
「え、っと…?」
「それは…聞いてやせんでしたが…」
ガシャン。
と、大きな音が衝立の向こうから聞こえてきた。どうやらガラスの割れた音のようで。
突然の破壊音に二人は驚き竦み上がる。
「…『鍵』を探す際に顔を見られているはずだろう……なのに何故口封じをしなかった? まさか家を荒らしただけで帰って来たわけでもないだろう…」
二人は思わず互いに抱きつき合い、何度も頷きながら答える。
「ちゃ、ちゃんと問い詰めて聞き出したんです! 身包みも剥ぎましたが持ってませんでした!」
咄嗟の虚言であったが、それは失言だった。
「そこまでしといて口封じをしていないとは…我らの存在が危うくなるではないか…!」
もう一度ガシャンと、何かが割れる音が響く。
「ただでさえアマゾナイトに目を付けられ危うい状況だというのに……役立たず共が! 今すぐ始末しに行け! 直ぐだ直ぐ!」
先ほどまでの冷血そうな雰囲気とは打って変わってヒステリックに叫ぶマスター。
その豹変ぶりに二人はまた違った恐怖を抱く。
「いや、待て……」
と、マスターは少しばかり冷静さを取り戻し、沈黙の後言った。
「こうなったら……グリートを使う」
「あ、アイツを…」
まさかの言葉を耳にし、兄貴分の男は咄嗟に聞き返した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。
松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。
全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
悪妃の愛娘
りーさん
恋愛
私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。
その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。
そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!
いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!
こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。
あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる