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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

28項

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 同時刻。森林の中。
 ソラたちが丁度うるさく騒いでいたその遥か後方でガサガサと物音を立てる影が二つ。
 慎重に慎重を重ね、大きな体を小さく丸くしながら草陰に隠れる―――の男二人組であった。
 
「あ、アニキ! あの小娘が一人きりになりそうですぜぃ!」
「同じとこ見てんだから言わねぇでもわかるっての!」

 そう言って兄貴分の男は舌なめずりをする。

「アマゾナイトが村周辺に居やがったときは諦めもしたが…こうして帰らずに待ってて正解だったな」
「お蔭で勝手に村から出て来てくれるわ、自ら声を出して居場所を教えてくれるわ…もうアニキに捕まえてと言ってるようなもんですぜい」

 兄貴分の男は、おもむろに携えていたナイフを取り出した。
 ギラリと木漏れ日に輝くその刃を手にし、ニヤリと笑う男。
 続くように弟分の男も懐からナイフを取り出しほくそ笑む。
 が、直後。弟分は唐突に兄貴分から拳骨を貰った。

「笑ってんじゃねえよ」
「えー、アニキは笑ってるじゃないですかぃ」
「俺は良いんだよ! 良いか? 俺たちにとってこの任務は重要なもんなんだ! 笑ってるヒマなんかねえんだぞ!」

 大げさにそう叫んでから兄貴分の男は再度、弟分を意味もなく殴った。
 頭に拳骨を二発も喰らった弟分は黙ってその頭で頷く。

「そ、そうっすね…任務失敗で帰りでもすりゃあ……マスターがどんな顔をするか…」

 そう言って弟分は顔を青ざめさせる。
 二人は武器を固く握り直し、決意を新たに一人になった少女を襲おうとしていた。




「―――ふうん…それで、そのというのは一体誰のことかしら…?」

 突如、二人の背後から聞こえてきた、聞き覚えがあるようでないような声。
 それもそうだろう。が声を出す頃には、いつも二人の意識は吹っ飛んでしまっていたのだから。

「まさか―――ッ!!?」

 急ぎ振り返り、『やはりか』と思った瞬間には兄貴分のナイフは宙を舞っていた。
 弟分のナイフソレも、既に木の幹に突き刺さってしまっている。

「真っ黒野郎…なんで此処に…!?」

 男たちの背後に立っていたその人物とは―――ロゼであった。
 ロゼは宙から落ちて来た兄貴分のナイフを見事に受け止めつつ、ため息を洩らす。

「念には念を…なんて思って目を光らせていたけど。まさか未だこんなところに隠れていたなんて…驚きの醜さで呆れ返るわ」

 挑発的なロゼの言動に兄貴分は青筋を立て睨み付ける。

「ああん? 誰が最悪の顔の醜さだとぉ?」
「そこまでは言ってやせんぜ、アニキ…!」

 威勢よく身を乗り出し対抗しようとする兄貴分であったが。既に二度も敗北に喫した身。汚名を雪ごうにも武器は取り上げられてしまっている。
 この現状で考えられる結末は―――言わずとも男たちは理解出来た。
 
「くそっ…こうなりゃ奥の手だ!」
 
 思わず舌打ちを洩らす兄貴分。すると彼は身体を捩じらせるとその場から大きく飛び退いた。
 そして彼は弟分を残したまま、逃走した。

「あ、アニキィィィッ!!」

 取り残された弟分の悲痛な叫びを背に、懸命に走り去る兄貴分。
 図らずもここ最近の山籠もり生活の甲斐あって山道の逃げ方は慣れたものだった。

「すまん! ゴンザレスゥゥゥッ!!」

 男の叫びが森林内に木霊していく。
 弟分を置き去りにすることに多少の罪悪感はあったが、脊髄反射的にとった行動だったため、どうにもならなかった。
 が、次の瞬間。

「グエッ!!!」

 突如背中に追突されたような衝撃が走る。というより実際に追突されていた。
 振り返る間もなく、兄貴分は背へ突撃してきたロゼによって倒れた。
 うつ伏せに倒れた彼は起き上がる間もなく腕を取られ、地面に押し付けられる。

「く、そ…っ!」

 自分たちの完敗。その体勢からもそれは確定であった。
 兄貴分の男は舌打ちをし、自分を踏みつけるロゼを睨む。

「こうなったらもう煮るなり焼くなり好きにしろ!」

 一瞬でも弟分を見捨てた男にしては潔い覚悟だった。
 そんな彼を見下ろし、ロゼは黒髪をかき上げながら言う。

「それなら教えて貰おうじゃない。貴方たちに命令した連中は誰…?」
「フン。そいつは言えねえ…って言ったらどうする?」

 そう言って怪しく笑う兄貴分の男。
 ロゼは小さく吐息を零し、耳元で囁く。

「…そう。だったら―――」
「殺すか?」
「いいえ、そんな意味のないことはしないわ。ただ少しばかり痛めつけて吐かせるだけよ……例えば、貴方たちの爪を一枚ずつ剥いでいって、その身体にも切り傷や擦り傷を少しずつ作った後たっぷりと塩を含めた水樽の中でゆっくりじわじわと傷口に……」
「やめろぉぉっ! むしろ一気に楽にしてくれぇぇ!!」

 まるで呪詛のような言葉に男は顔を青ざめ、大声を上げる。
 情けなく喚き散らす兄貴分の男の様を眺め、ロゼはもう一度ため息をついた。






    
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