そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
277 / 325
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

27項

しおりを挟む
   






 旅館の前まで辿り着くと、そこではしかめっ面で二の腕を組んで待っているロゼの姿があった。
 如何にも苛立っているというその様子を見つけ、ソラのテンションはがた落ちする。

「……あのさ、やっぱ帰るってのは…だめ?」
「ダメダメ。此処まで来たんだし、それにこういう探索は気晴らしになるだろ?」

 帰さないとばかりにぴったりとソラの背後を歩くカムフ。
 諦めたソラは深いため息を吐いてからロゼのもとへと駆けていった。

「遅いわよ」

 怒りが籠っているようでいないような声。だが苛立っているのは確かなようだ。
 カムフはロゼに愛想笑いを浮かべつつ頭を下げる。

「すみません」
「日が暮れる前には戻るんだから、早く向かうわよ」

 するとロゼは早速、旅館の更に奥。エダム山へと向かう道を歩き始めた。
 さくさくと進んでいってしまう彼の後ろ姿を見ながら、ソラはおもむろにカムフの服を引っ張る。

「ねえねえ。山の探索だってのにまさかあんな格好のままなで行くの? 一応冒険家なんだし、もっとちゃんとした格好すればいいのに…」

 エダム中腹となれば、ある程度の山中散策にはなる。それなのに何の準備もなく全身黒尽くめの衣装のままであるロゼに対し、ソラは不思議そうな顔を浮かべる。
 
「まあ、あれがあの人の冒険スタイルってやつかもしれないし…人それぞれなんじゃないか?」

 そう言って一応擁護しておいたカムフであったが、内心ソラと同意見であった。
 昨夜はあんなにも目を輝かせ宝を見つける気満々といった様子であったが、その割に探索用の服装どころかそれらしい道具―――スコップの一つも持ってはいない。
 まるで散歩にでも行くかのような軽い装いなのだ。

「もしかすると…見つける云々ってよりか、気晴らしの散歩感覚なのかもな。だったら俺らもそういうつもりでいた方が良いってことだろ」

 そう言い残し、カムフはさっさと進んでいくロゼの後を大急ぎで追い駆けていく。
 残されたソラは頬を膨らまし、森林へと消えていく二人を睨んだ。

「こっちは散歩感覚じゃ困るのに…!」






 ソラたちはエダム山の山林を順調に進む。
 森林の隙間から注ぐ日差しとそよぐ風は心地良く。その澄んだ空気は心をも癒してくれる。
 鳥のさえずり、木々の揺れる音。この空間で感じる全てが、ソラは大好きだった。
 こういった場所に弁当を持ってきて、昼寝をしたり釣りをしたりして過ごすのがソラの趣味でもあった。
 賊の魔の手がなければ今日も悠々とその辺の木陰で眠りこけていただろうが、今はそれだけではない。

「こっちにはないよぉっ!!」
「わかったぁ! となると…今度はあっちの方か…」

 鳥たちが羽ばたいて逃げてしまうほどの声を上げつつ、ソラたちは森林内を捜索していた。
 辺りを見渡し、例の書に書かれてあった野の花畑を探している。
 と、ソラは顰めた顔をしてカムフへと歩み寄っていく。
 ソラに気付いたカムフは、額の汗を拭いながら尋ねた。

「どうしたんだ?」
「いや、さ。ホントにあるかどうかは別としてさ……この声で確認しあうのって、意味ある?」
「こうして声を掛け合った方が、互いの位置を確認しあえるし良いってロゼさんが言ってただろ?」
「けどこれじゃああの賊たちにだってあたしたちの位置教えてるようなもんじゃん!」

 ソラの怒声が遠くまで響き渡っていく。
 鳥どころか獣までもが逃げ出しそうな大声を張る彼女に、カムフは宥めながら言った。

「まあまあ…ロゼさんにも考えがあるわけだし」

 しかし、このという言葉が、今のソラにとって何よりも気にくわなかった。
 確かに冒険家である以上、ロゼの方が知識も経験も豊富。ロゼを頼るのは当然だ。
 だがだからといって何でもかんでもロゼを贔屓するカムフが、ソラには気にくわなかったのだ。
 人はそれをと言うのだが、生憎と彼女はそんな可愛い感情に気付かず。
 ソラは何とも言えない苛立ちを、カムフの頬で八つ当たりする。

「いででっ!」
「ふーん。じゃああたしは大声出しながら向こうの方探しに行ってくるから!」

 そう言ってソラは大声で投げやりな歌を歌いながら森の奥へと消えた。
 
「なんで急にただの暴力を?」

 突然の八つ当たりにわけもわからず困惑顔を浮かべるカムフ。
 彼はつねられた頬を押さえつつ、慌ててソラを追いかける。

「って―――あんまり離れると何かあったとき困るから! 待てってソラ!」

 そこで彼はようやくとあるに気付いた。

「ロゼさんも早く追い駆けないと……ってあれ? ロゼさんは…?」

 いつの間にか、近くにいたと思っていたロゼの姿が忽然と消えていたのだ。
 彼らしい黒色の人影どころか、辺りには生き物の気配さえない。
 カムフは今頃になって自分が独りになってしまったことに気付いた。

「うそ、だろ…」







    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

処理中です...