上 下
274 / 318
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

24項

しおりを挟む
     







「ただいまー!」
「おかえり。帰って来るのが早かったな…」
「うん。父さんの昼食用意し忘れてたからさ」

 自宅に戻るなり父とそんな会話をしつつ、ソラは直ぐに自分と父の分の昼食を用意する。
 昼食はそこまで手の込んだものではない。カムフが置いていったパンに適当な具材を詰めてサンドイッチにするだけのものだ。
 そうして昼食を終えたソラは早速、自室で作戦の続きを考える。

「やっぱ『エダム山には隠された秘宝がある』って伝説が一番乗ってきそうだよなー」

 カムフが語る王国の言い伝えや伝記、絵空事の類には日頃無関心であるソラだが。元からフィクションである空想話や絵空事を考えること自体は嫌いではなかった。
 『自分にはいつか、兄のような金髪を靡かせた兄のように美しい王子様が現れるんだ』と、そんな夢を幼少の頃は思い馳せていたものだと、そんなことを思い出しソラの口元が綻ぶ。

「うーん…大昔にアドレーヌ様が……って、そんな大昔じゃ古すぎかな…あっ! 花色の教団の…なんだっけ~…花色の君? 花の君? だっけ、その人がってことにしよう」
 
 ソラは浮かんだ空想を丁寧に紙へと書き残していく。実を言うと彼女は将来作家になりたいと思っていた時期があった。
 そのために紙とペンも用意はしていた。売れなくても良いからいつか自分が執筆した本を出してみたいという願望を抱いていた。わけなのだが―――。
 そんな夢を既に叶えているという点でもソラはロゼが気にくわなかった。

「あ、違う……花色の君だった。えー…っと、花色の君が昔、この村を訪れたときに―――」

 そうして、ソラが夜更けまで考えに考えて書き上げたがこうだ。


   +


 ―――昔、花色の教団の開祖と言われる『花色の君』が、このシマの村を訪ねた際。
『花色の君』は持っていた宝をエダム山のとある場所に埋めた。
 その宝とは、この世で最も美しく、そして綺麗なもの。
 宝を見つけた者はその美しさに心を打たれ、そして涙することだろう。
 故に、その宝には『花色の涙』という名が付けられていた―――。


   +


 ロゼは物事をかで判断している。
 そんな彼ならばこれだけ美しいと書かれてある宝を探さないわけがない。と、ソラは確信し独りほくそ笑む。その笑みには美しさの欠片もないのだが、残念ながらそれを忠告する人はいない。
 彼女の部屋では不気味な笑みが暫くの間響き渡っていた。



 己の立てた虚言にソラが自画自賛していた丁度の頃。
 下の階ではソラの父が椅子に腰かけ、いつものように窓向こうの景色を眺めていた。
 穏やかな風にそよぐ庭園や森林の緑たち。
 月夜に照らされ幻想的な一枚画となるその光景から、父はふと後方の棚へと視線を移す。
 多種の本が並ぶその棚の一角。そこにはいくつかの写真が額に入れられ立てかけられていた。
 彼は哀愁含ませるその双眸をゆっくりと伏せ、やがて再び窓の景色を見つめ直した。





 翌日。
 いつものように外の明かりと鳥のさえずりによって起床したソラ。
 彼女は急ぎ着替えた後、いつものように一階へと下りていく。
 すると下りた先の食卓には今日も既に食事が並ばれていた。

「あらら、また今日も来ちゃったんだー」
「人を迷い犬みたいに言うなって…」

 カムフはソラの父と紅茶を飲みながら話に花を咲かせていたところだった。
 
「だってホントのことだし」

 そう言いながら席に座り食事を始めるソラ。ちなみに今日のメニューは焼き立てパンと温かいシチューだ。

「今日もちゃんとした理由があるんだよ」

 と、カムフに言われ、今日もいつものように食事を済ませるなり、ソラとカムフは揃って『ツモの湯』へと向かった。

「―――で、理由って何?」
「いや、それがさ……」

 旅館までの道中、直ぐに尋ねたソラに対し、カムフは何故か言葉を濁す。
 そして申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
 彼がこういう態度を取るとき、大抵は『嫌な頼みごと』があるときだと察し、ソラは顔を青ざめる。

「まさか、旅館の手伝い?」
 
 カムフは祖父のノニ爺と二人で旅館『ツモの湯』を切り盛りしているわけだが。
 多忙なときはソラの手を借りることがある。主に女湯の清掃や食事運びと言った簡単な裏方仕事なのだが。ノニ爺の忖度なしなスパルタっぷりは流石の彼女も思わず青ざめてしまうほどなのだ。
 しかしカムフは両手とかぶりを左右に振って言った。

「違う違う。手伝いじゃなくってさ…実は……ロゼさんのことなんだ」

 それまで青ざめていたソラの顔が今度はみるみるうちに渋くなっていく。

「ええ…」

 最早条件反射的に嫌悪感を露わにするソラ。
 そんな彼女を宥めつつ、カムフは事の発端を説明し始めた。






     
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

非典型異能力CEOの名演技作戦【名演技編】~暗黒一族の令嬢は悪役じゃなかったので復讐に困ります~

千笑(チサキ)
ファンタジー
【名演技編】完結。 【復讐劇編】準備中。 【冷酷毒舌の偽悪役令嬢×復讐のために花畑脳を演じるCEO】(全二部50万字予定)  *** *** ***  少女リカはとある暗黒異能家族の長女、冷酷毒舌で融通が利かない。異能力がないと判断されて、友人たちに裏切られて、家から追放される寸前になった。  イズルは神農財団の御曹司。その家族は暗黒家族の秘密を知ったせいで全員殺された。イズル一人だけが異能力のおかげで魔の手から逃れた。  暗黒家族のライバル組織は、復讐に手助けしようとイズルに声をかけた。  その組織が提案したのは、なんと、イズルがリカの夫になって、暗黒家族内部に侵入するという屈辱な「悪役令嬢」の「婿入り」計画だ。  リカの信頼を得るために、イズルは小馬鹿なCEOに扮して、リカと馬の合わない同居生活を始める。  そんなでたらめな計画で、果たして復讐できるのか? ---

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

召喚勇者は魔王と放浪する事になりました。

いけお
ファンタジー
異世界に召喚された勇者と目の前に立ちふさがった筈の魔王との放浪生活。 発端はこの魔王が原因だった!? 行き当たりばったりで話は進んでいきますが、ご容赦ください。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

愛のない結婚を後悔しても遅い

空橋彩
恋愛
「僕は君を望んでいない。環境が整い次第離縁させてもらうつもりだ。余計なことはしないで、大人しく控えて過ごしてほしい。」 病弱な妹の代わりに受けた縁談で嫁いだ先の公爵家は、優秀な文官を輩出している名門だった。 その中でも、近年稀に見る天才、シリル・トラティリアの元へ嫁ぐことになった。 勉強ができるだけで、人の心のわからないシリル・トラティリア冷たく心無い態度ばかりをとる。 そんな彼の心を溶かしていく… なんて都合のいいことあるわけがない。 そうですか、そうきますか。 やられたらやり返す、それが私シーラ・ブライトン。妹は優しく穏やかだが、私はそうじゃない。そっちがその気ならこちらもやらせていただきます。 トラティリア公爵は妹が優しーく穏やかーに息子を立て直してくれると思っていたようですが、甘いですね。 は?準備が整わない?しりません。 は?私の力が必要?しりません。 お金がない?働きなさい。 子どもおじさんのシリル・トラティリアを改心させたい両親から頼みこまれたとも知らない旦那様を、いい男に育て上げます。

役立たずと言われた王子、最強のもふもふ国家を再建する~ハズレスキル【料理】のレシピは実は万能でした~

延野 正行
ファンタジー
第七王子ルヴィンは王族で唯一7つのギフトを授かりながら、謙虚に過ごしていた。 ある時、国王の代わりに受けた呪いによって【料理】のギフトしか使えなくなる。 人心は離れ、国王からも見限られたルヴィンの前に現れたのは、獣人国の女王だった。 「君は今日から女王陛下《ボク》の料理番だ」 温かく迎えられるルヴィンだったが、獣人国は軍事力こそ最強でも、周辺国からは馬鹿にされるほど未開の国だった。 しかし【料理】のギフトを極めたルヴィンは、能力を使い『農業のレシピ』『牧畜のレシピ』『おもてなしのレシピ』を生み出し、獣人国を一流の国へと導いていく。 「僕には見えます。この国が大陸一の国になっていくレシピが!」 これは獣人国のちいさな料理番が、地元食材を使った料理をふるい、もふもふ女王を支え、大国へと成長させていく物語である。

処理中です...