そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
272 / 325
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

22項

しおりを挟む
    


 




「…どうしたのだ? 何故部下が誰もおらんのだ」

 偉そうな言動で現れたのはジャスティンであった。
 眼鏡を押し上げながら周囲を見回す彼に、カムフはため息を洩らす。

「総隊長補佐官なのに…信頼なさすぎじゃないですか…?」
「部下の人ならアンタ置いて帰っちゃったよ」
「なんだと!?」

 するとジャスティンは顔色を変え、怒りを露わにする。
 それから何やらグチグチと文句を洩らすが、それは二人には聞こえず。そもそも二人にとっては関係もない話なのだが。

「そんなことよりもさ! 捕まえる必要ないどころか警護もいらないって言われたんだけど!」
「…ん、何の話だ?」
「さっきの人たちに事情説明したんですが…もう襲われる根拠もないから警護の必要はないと言って帰っちゃったんです」
「なんだと?」

 二人の話を聞き、ジャスティンの眉はより一層と顰められていく。
 と、彼はもう一度眼鏡を押し上げると二人へ視線を向けた。

「……村周辺を定期的に巡回警備するよう私から強く命じておこう。とりあえずアマゾナイトの姿を見れば賊連中もそううかつに村へは近付かんだろうしな。まあ我らが早急に捕えるつもりだが、それまでは極力村から出ない方が賢明だ」
「え…あ、ありがとう、ございます」
「ありがとう…」

 先ほどのアマゾナイトたちとは打って変わった返答に呆気を取られながらも思わず礼を言う二人。
 ジャスティンは眼鏡を押し上げつつ、おもむろに踵を返した。

「では、私もこれで失礼する。これ以上支部を開けている暇もないのでな」
「本当にありがとうございました」
「あ、あのさ…ホントのホントに警備付けてくれるんだよね」

 丁寧に頭を下げるカムフの横でそう尋ねるソラ。
 彼女の質問に足を止めたジャスティンは、振り返るなり踏ん反り返って言った。

「当たり前た! 年中怠慢なアイツ等にも丁度良い任務だろうしな。何が何でも警備させておく。だから安心したまえ」
「…うん」

 何処か偉そうな言動なのがどうにも気になるソラであったが、しかしその自信たっぷりな様子に嘘はないはずとソラは大きく頷いた。
 此処三日間の出来事のせいで彼女も流石に神経質になっていたようで。それ故に溢れんばかりのジャスティンの自信が、少しばかりありがたかった。
 再度歩き出すジャスティンは最後に、背中越しで言った。

「―――もっとも、貴殿たちがちゃんとを話してくれていたならば…アイツ等とて何ら疑いなく警備もしていただろうがな」

 ソラとカムフは心臓を高鳴らせ、目を見開いた。
 ジャスティンには詳細な説明をしていない。だからソラたちが『鍵』というを隠していることすら、知っているわけがないのだ。

「い、今の台詞なに!? ちょびっとだけ鳥肌立ったんだけど!」
「ど、どっかで俺たちの説明を聞いてたのかな…」

 それとも、あまりにも二人の言動がぎこちなさ過ぎたのか。
 いずれにしろ、取り敢えずは守ってくれると言っているのだから、敵ではないことだけは確かだろう。ソラはそう思いながら深く呼吸を繰り返す。
 流れ出る嫌な汗を腕で拭いつつ、二人は旅館の中へと入っていった。
 





「―――ふうん」

 旅館の窓から一部始終を覗いていたロゼ。
 彼は林道の向こうへと消えていくジャスティンを見つめながらそう一言洩らした。
 南方支部・総隊長補佐官ジャスティン・ブルックマン。
 左遷されてやって来たというわりに既に上から二番目の地位を与えられる程の中々の切れ者と噂には聞く男。
 それ故に彼を良く思わない者たちが『本部から送り込まれたアマゾナイトの変革者』、『アドレーヌ王国に咬みつこうと目論む反乱分子』などという悪評を流しているという噂も、ロゼは耳にしていた。
 本部にいた頃はかなりのやり手だったそうだが、左遷させられてからは非常に大人しくなったとも聞いている。
 そんな彼が何故、わざわざ此処シマの村を訪れたのか。

「単なる偶然じゃなさそうね―――」

 そう呟いたロゼは静かに踵を返し、窓から離れていく。






     
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

処理中です...