269 / 323
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
19項
しおりを挟む「別に…鍵について触れなければ良いだけでしょ。それに…アマゾナイトを此処に呼ぶだけでもあの賊たちへのけん制になるでしょうし、ね」
悠然とした態度で不敵に笑うロゼ。
ソラとカムフは互いに顔を見合わせ、それから頷いた。
「それじゃあ明日はそれでいくってことで。あたしはそろそろ帰るね」
そう言って椅子から立ち上がるソラ。
続けてカムフも立ち上がり彼女の隣に並ぶ。
「あ、じゃあおれも…それに一応ソラを家まで送った方が良いだろうし」
「えー…いいよ。流石にさっきの今でまた襲ってきたりなんてしないだろうし」
「だとしても夜は危険だろ?」
この旅館の玄関にこそ外灯はあるが、村自体はほとんどなく。頼りになる明かりと言えば月明かりか民家から漏れる照明くらいだ。
例の男たちが消え失せたとしても、先刻のことがあった後なのに一人で帰らせるわけにはいかない。
だが、そう考えているカムフとは裏腹にソラはかぶりを振って答えた。
「へーきへ-き! すぐそこなんだし何かあるわけないってば!」
元気よく返事をしてみせるソラだが、それが空元気であることにカムフは気付いていた。
両手の握り拳が僅かに震えていたからだ。
おそらく、これ以上他の者たちに迷惑は掛けたくないからという意地がそうさせているのだろうとカムフは推察する。
が、こうなったときのソラは意固地で何が何でも一人で帰ろうとしてしまう。
(…どういう理由を作って家まで送ったらいいものか…やっぱりダスクさんに夕飯の余りを渡したいとか言えば良いか―――)
と、カムフがそう思考を張り巡らせていたそのときだ。
「醜いことを言うのね。貴方は既に一つも二つも迷惑を掛けているのよ。それに相手が迷惑掛けても良いって言っているのだから…それくらいは甘えておきなさい。それとも、私がついて行った方が良いというのならば…それでも構わないわよ」
最後の言葉が決定打となった。
それまでの言動から一転してソラは強引にカムフの背を押し退室する。
「早く行こ、カムフ!」
「ソ、ソラ…急にお、押さなくっても歩けるから!」
そう言いながらもカムフはロゼを一瞥し、軽く会釈する。
ロゼはと言えば、早く出ていけとばかりに手を払っていた。
が、しかし。
「―――ごめん、ちょっとだけ待ってて」
部屋を出たところでソラは突如、再度ロゼの部屋へと戻っていった。
扉が閉まる前に入り込み、どうしたのかと僅かに首を傾げるロゼ。
「まだ何か用…?」
「あ、あのさ……」
少しばかり顔を顰めるロゼに対し、始終落ち着かない様子を見せるソラ。
すると彼女は意を決したのか、何度か深呼吸をしてから言った。
「た、助けてくれて…ありが、と……!」
強がりの口調。すぐさま彼女の顔は真っ赤に染まっていく。
「こ、これでお相子だから! けど別に認めたわけじゃないから!」
まるで負け犬の遠吠えの如くそう叫ぶと、ソラは逃げるようにその場を立ち去った。
ドアも勢いが余ってバタンと大きい音を立てて閉まるほどだ。
室内に一人残されたロゼは深いため息を吐き、ベッドへ座りながら呟いた。
「…感謝の言葉でお相子って聞いたことないけど…?」
ロゼの部屋を飛び出たソラはその急ぎ足のまま、カムフの腕を掴む。
「え、ちょ…」
と、困惑する彼を引っ張るようにして歩き出した。カムフの方からはソラの顔は覗けない。
だがその顔色は容易に想像がつき、彼は人知れず笑みを浮かべた。
「さ、早く帰るよ!」
「…意地っ張りだなあ」
彼女には聞こえないように呟いたはずの言葉。
しかし、運悪く耳に入ってしまった―――もしくはそう呟いたことを悟られたのか。
直後、ソラはカムフの腕にこれでもかというほど力を込めたのだった。
「い、痛いってソラ…!」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

罪なき令嬢 (11話作成済み)
京月
恋愛
無実の罪で塔に幽閉されてしまったレレイナ公爵令嬢。
5年間、誰も来ない塔での生活は死刑宣告。
5年の月日が経ち、その塔へと足を運んだ衛兵が見たのは、
見る者の心を奪う美女だった。
※完結済みです。

女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…

婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。
松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。
全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる