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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
17項
しおりを挟む「―――わざわざお前の方からこっちに来てくれるとはな…!」
と、そのときだ。
ソラの耳に不気味な低い声が届いた。
「ずっと森の中で潜んでた甲斐があったなあ」
草陰から現れる声の主。
それは見覚えのある男―――例の賊たちであった。
「あ、アンタら…逃げ帰ったんじゃ…」
「んなわけねえだろ。俺たちゃあとにかく『鍵』を奪って持ち帰らねえとならねえんだからな」
ソラは顔を青ざめさせ、周囲を見回す。
気が付けばそこは村の外。いつの間にか彼女は森の中へ入り込んでしまっていた。
条件反射的にソラは踵を返し逃げようとする。
が、直後。木の上から飛び降りてきた賊の片割れ―――弟分の男が逃げ道を塞いだ。
「おっと、逃がしはせんですぜぃ」
二人に囲まれてしまい、ソラは静かに息を飲む。
「さあ大人しく鍵を渡せ」
「ば、ばかじゃない? こんなとこまで鍵を持ってくるわけないじゃん」
ちなみに『鍵』が入っていると思われる木箱の隠し場所は、当然カムフにも父にも教えていない。
仮に自分に何かあったとしても、木箱だけは守るためそうしたのだ。
「…ならてめえをとっ捕まえて鍵のある場所まで連れてくまでだ」
そう言ってどす黒い笑みを浮かべる男たち。その威圧感のせいで、ソラの足は無意識に後退ってしまう。
「おっと、これでもう逃げも隠れも出来ねえですぜぃ、お嬢ちゃん」
と、弟分の男がソラの肩口を掴んだ。後退し過ぎてしまい、背後に居たもう一人にぶつかってしまったのだ。
「や、ヤダ!」
「大人しくした方が良いですぜぃ」
ソラの抵抗も虚しく、弟分の男は彼女を後ろ手に拘束する。
捉えるその力は強く。少女の力だけでは逃げることも抵抗することも出来そうになかった。
その上、兄貴分の男もソラの顎を掴み、放そうとしない。
ソラは完全に逃げられなくなってしまった。
「さてと…鍵の在り処まで案内してもらおうか…!」
男たちに捕まってしまい、拘束され抵抗さえままならない状態となってしまったソラ。
その目には涙が浮かぶ。だがそれは恐怖というよりも、自分に対する情けなさと悔しさによってのものだった。
(絶対捕まるかって思ってたのに…こんな、簡単に…!!)
その悔しさを糧に、彼女はめげずに渾身の抵抗をする。顎を掴んでいた兄貴分の男の指先へ噛みついたのだ。
「いでぇぇっ!!」
突然の反撃に思わず呻く兄貴分の男。彼は噛まれた手を庇うあまりソラを解放してしまう。
「へへ、ざまあみろ」
だがそれは少女の小さな反抗でしかなかった。
「てめえアニキに何てことを!」
直後、後ろ手に拘束していた弟分の男がソラを突き飛ばした。
その勢いで彼女は容易く二転三転と転がり、一本の木に衝突した。
「うぐっ!」
打ち付けられた背中の痛み。苦痛に喘ぎ、ソラは蹲る。
そんな彼女に逃げる暇も与えないよう、兄貴分の男は足音を立て駆け寄った。
「ガキが…大した力もねえくせに刃向かいやがって…!」
怒りの込められた低い声。ソラの顔が恐怖で青ざめていく。
と、次の瞬間。ソラの呼吸が止まる。
「う、がっ!!」
腹部を貫くような激痛が走る。
「喋られればなあ…俺たちはてめえがどうなろうと構わねえんだぜ…」
そう言いながら男はソラの髪を掴み上げる。
それは脅迫―――というよりは宣言だった。鍵の在り処を吐かない限り暴力を加えるという宣告であった。
「十数えるうちに答えないなら一発ずつ殴る。いつまで耐えられるかな…」
男は間もなくして十からカウントダウンを始める。
しかし、ソラはこの状況でも口を開こうとさえしない。
そしてカウントダウンがゼロとなった瞬間。彼女は思いっきり頬を殴られた。
「ほらっ! さっさと吐きやがれ!」
殴られた箇所はみるみるうちに赤く腫れ上がり、口内から血反吐が出る。
「アニキは女子供にも容赦ねえんですぜぃ!」
「その通り、俺は男女差別しねえ主義なんでなあ!」
そう言って薄汚い笑い声が森中に響き渡る。
このとき、ソラは不思議と冷静であった。むしろ晴れやかと言った方が良い。
勿論それは彼女が可笑しな趣味に目覚めたという意味ではなく。
奇しくも賊の男から貰った一発が、先ほどまでの疑心や苛立ちを一気に吹き飛ばしてくれたからだった。
確かにこの現状が怖くないと言えば嘘になる。だが、それでソラが恐怖に支配されることはなかった。
何故ならソラは冷静となった脳裏にあることを思い出していた。
(そっか…わかっちゃった…なんであの奇人男のことが、こんなにも気に食わないのか………)
この男二人組に襲われたあのときに助けてくれた奇人男―――ロゼ。
それが偶然だったのか、狙ったものなのかは今も定かではない。
だがそれでもソラの中にはあのときの、彼の後ろ姿が鮮明に刻まれてしまっていた。
(ホント、ムカつくくらいに…あのとき、かっこよかったんだよなぁ……)
まるで兄のような頼れる背中。そして絶対に守ってくれそうな勇ましさ。
しかし振り返った先にあった、素性さえも疑わしいその姿にソラは勝手に幻滅し勝手に裏切られたと思ったわけなのだが。
そんな心理もあってソラはロゼを許したくなかった。認めたくはなかったのだ。
つまり、彼女の苛立ちはただの稚拙な妄想による幻滅であった。
(認めるつもりなんて全然ないけどさ…やっぱ、お礼くらい…言っといたら……また助けてくれたのかな……なんて、ね―――)
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