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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

3項

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 ソラの兄、セイランは王都でアドレーヌ王国平和維持軍『アマゾナイト』の職に就いていた。
 アドレーヌ王国国王より認可を受け、王命とは別に独立で治安維持行為が許されている軍団。
 平民が一番手っ取り早く出世できる職・第一位と称される一方で、門を叩くことすら平民には難しい高い壁とも言われている。
 そんな『アマゾナイト』の任務には時に、過酷なものや王国の機密に関する任もあるとかないとか。
 おそらく、セイランもそういった『アマゾナイト』の秘密の任務でこの箱を預かってほしいのだろう。と、ソラは勝手に解釈した。
 ソラは木箱をがっちりと握り締めると、片手の親指を突きたてながらとびっきりの笑みを浮かべた。

「わかった任せてよ! この箱は絶対誰にも渡さないし開けないから!」
「……ああ、ありがとう。約束だよ」

 そのときに見せたセイランの―――時おり見せる作ったようなその笑みをソラは今も鮮明に思い出せる。
 その後、二人は他愛のない兄妹間の会話をし、別れた。
 別れ際、集団移動エナ車―――通称エナバと呼ばれている―――に乗り込むソラへ、セイランは言った。

「ソラ。本当に、すまないな……」

 思わずソラが振り返った先では、何処か寂しげな兄の顔があった。
 ソラは一瞬顔を顰めてしまったが、直ぐに笑みを作って言った。

「良いの良いの気にしないでって! あたしは兄さんとちょっとだけでも会えるのが楽しみなんだからさ!」
「そうか。ありがとう」

 最後部の席に座ったソラはすぐさま窓越しにセイランを見た。
 間もなく、エナバは発車し兄の姿は遠く、小さくなっていく。
 しかし地平線の向こうへ隠れてしまうそのときまで、セイランはいつものように満面の笑みで手を振り続けてくれていた。
 返すようにソラも両手を振り続ける。兄の姿が完全に見えなくなってから、ソラは名残惜し気に席へ座った。
 いつもと変わらない兄との再会。思い出すだけで顔がほころぶ。
 が、しかし。いつもとは違った僅かな違和感―――別れ際に見たセイランの寂しげな表情が、ソラは頭から離れないでいた。

(なんであんな顔してたんだろ……)

 もしかして兄に不穏なことが起ころうとしているのだろうか。
 そんな一抹の不安を感じつつ、ソラはおもむろにプレゼントのペンダントを握り締め、祈った。

(どうか兄さんの身に何事もありませんように……)








 それがほぼ一日前のことであった。
 ソラはそれからエナバで夜を明かし、早朝には終点の町へと辿り着いた。
 故郷の村にはそこから更にエダム山の麓近くまで、森林の中を歩き続けることになる。
 王国最南端の村であるが故にここまでの遠乗りなのだが、それでも兄に会えるならばソラは何ら苦には感じてはいなかった。
 だが、今日は違った。
 男たちに突如迫られ、追い駆けられ。今までで最低最悪の帰路となった。
 兄の身を案じていた彼女自身が厄介ごとに巻き込まれるとは。全く以って思ってもいない展開だった。




「大人しく鍵さえ渡してくれればてめぇに危害は加えないって約束してやるよ?」
「嘘つけ! めちゃめちゃ悪人って格好してるアンタらを誰が信用するってさ! それにさっきから『鍵』なんて知らないってずっと言ってるでしょうが!!」

 と、叫ぶソラ。
 だがしかし、本当は知っていたのだ。彼らが『鍵』と呼ぶものの正体を。
 十中八九、兄から預かった箱だとソラは思った。
 あの箱の中からは金属音がしていた。大きさ的にも『鍵』のようなものが入っていても可笑しくはない。
『鍵』の正体を確信したソラは、ぐっと目の前の二人組を睨みつけた。

(絶対に何があっても渡すもんか! 兄さんと約束したんだから…!)

 威嚇体勢に入るソラを目の前にし、二人組の一人が仲間に目線を送る。

「あの様子じゃ何が何でも渡さねえって感じですぜぃ…どうしやすアニキ?」

 小太りな男の問いかけに、傍らの男はボサボサの茶髪を掻きながら睨んだ。

「んなもんはなあ、とっ捕まえて身包み剥がしゃあいいだけのことだろーが」
「ああ、なるほど」

 そんなやり取りをした後、二人は改めてソラへ視線を送る。
 強がってこそいるソラだが、相手は大の男二人。父親から剣技を教わったことがあるとはいえど、今はその手に剣も武器も何もない。
 次第にゾクゾクと、恐怖のような感覚に襲われるソラ。自然と唇や手足が震え出してしまい、それを懸命に堪えようとする。
 荒くなっていく呼吸を隠そうと、ソラはゆっくり静かに後退りをしていく。

「おっと動くなよ!」

 が、突如。男がソラへ剣を向けた。
 その長い剣先は、ソラの目と鼻の先で止まる。一瞬にしてソラの全身から汗が噴き出した。
 
(もう駄目だ…!)

 そう思い彼女は覚悟する。しかし、それは『鍵』を渡すという覚悟ではなく。
 例えこの身がどうなろうとも、『鍵』だけは決して渡さないという覚悟だった。






    
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