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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
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しおりを挟む「―――だったら、貴方は殺めてしまった人たちの分まで償い続けて、生き続けて…?」
「え…?」
思ってもいなかった女性の言葉に、ヤヲは思わず顔を上げる。
「どうしてですか!?」
困惑は勢いとなり、彼は女性へ縋るようにしがみつく。
「頼むからそんなことを言うな! 僕は弱かったんだ、甘かったんだ…だからやることなすこと全部が結局中途半端……あんなに覚悟だってした、誓いも立てた…なのに……気付けばこんなところで未だ何も出来ずに彷徨っている…」
掴まれた彼女の肩口はそのきつい力で即座に紅く、染められていく。
その勢いのままに、言うべきつもりのなかった本音までも、思わず叫んでしまう。
「もう燃やす心も消え失せた…復讐されるならそれがいい。だから恨んでくれ! 憎んでくれ! だから…頼むから僕を―――」
「楽にしてくれって…言いたそうね。でもそんな逃げ方はさせたくない。だからそうはさせない。それが私の復讐…よ」
「なっ…!?」
返す言葉が出ず、ヤヲは思わず閉口してしまう。
動揺を隠せずにいるそんな彼へ、女性はその右手へと触れた。
「確かに……憎しみ恨みという感情や、深く傷ついた心、失ったものへの想いは…早々簡単に拭い去れるものじゃないわ。きっとその痛みは、痕は永遠に残ってしまう。だからこそ、この醜い傷痕を傷つけたくれた相手や誰かを同じような痛みを刻み込んでしまいたくなるわ…」
そう言いながら、彼女はもう片方の手でヤヲの左肩に触れる。
失われたその手を労わるように、そっと、優しく。
「私だってその気持ちが無いわけじゃない。きっとどんな人にでも芽生えるものよ。だから、復讐を正義だとも悪だとも私は言わない…」
「……」
「…でもね、私は人を裁ける程そこまで強くなんかないのよ。女神様に縋りたくなる程にとても弱い…だから、貴方に復讐なんて果たしても、貴方のように苦しんで悩んでちゃんと笑えなくなってしまって、それで終わりだわ」
自分と同じだと言う彼女に対して、ヤヲは否定することなど出来なかった。
「―――けれどね、貴方はただ心が弱い人なんかじゃないわ。こうして罪を悔いて私に話してくれた。自分の罪なんて自分の傷痕よりも見せたいものじゃないなのに…だから、貴方は良い人じゃなくても、悪い人でもない」
だから貴方ならこの重い罰を償い続けられる。
だから貴方なら罪悪感と戦うことも出来る。
だから貴方なら、私は許すことが出来る。
女性はそう語る。
その直後、ヤヲの中で湧き上がっていた感情が、ゆっくりと消え去っていった。
目前で眠る女神よりも、この女性の言葉の方がよほど女神らしいと思ってしまったせいかもしれない。
寛大に許し、残酷に呪う。そういった女神様に。
そうして無意識に、ヤヲは苦い笑みを浮かべてしまった。
「……貴女だって弱くはない。結構、強かじゃないですか…」
「ふふ…そうかしら?」
気付けば彼女もまた、返すように微笑んでいた。
自身の罪を語ったせいか、先程までよりも幾ばくかヤヲの気持ちは安らいでいた。
だが、晴れ晴れした。というわけでは決してない。
自身の中で渦巻く矛盾や罪悪感。後悔や憤りは未だ消え失せることはなく。
女性から『生きて』と言われたが、罪自体を許されたわけでもない。この重み全てを背負って『生きていけ』と、言われたのだから。
少しばかり表情が和らいだ青年を一瞥し、微笑んだ女性はその手に持っていた手紙へとおもむろに視線を移した。
封の切られていないその手紙には『ヤヲへ』と、まるで子供が書いたような拙い文字で書かれていた。
(彼の子供のものかしら…?)
おもむろに彼女はその封を切った。反乱組織について書かれていると青年は言っていたが、彼女はおそらく手紙の主が青年への想いをしたためたものだろうと思っていた。
彼女は静かに、その手紙に目を通した。
「―――こ、これって…!」
そして、彼女は言葉を失う。
そこに書かれていた文面に。青年に託したかったのだろう手紙の主の告白に。
「どうかしましたか…?」
女性の驚く声に気付き、青年は彼女の方を見つめ尋ねていた。
視力と片腕を失った黒髪の青年を見つめ返し、女性は目を細める。
「……もし良ければ、私の懺悔も聞いて貰えないかしら…?」
「懺悔…なんて、僕は聞く程の立場では…」
「良いの。聞いてちょうだい…?」
断ろうとする青年の言葉を遮るように、女性はそう言って語り始めた。
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