上 下
237 / 302
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

59案

しおりを挟む
    



 


 ヤヲが絶叫する中、ニコは狂った笑いを浮かべながら彼目掛け突撃してくる。
 だが武器を受け止める術は既に折られてしまっている。まともに動ける状態でもない。

「あづいあづいあづいあづいよおおッ!!」

 不気味な笑い声と同時に、ニコの真っ赤な剣がヤヲの顔面へと伸びる。ヤヲは覚悟し、目を細める。
 と、次の瞬間。ニコのか細い腕の動きが止まった。

「!?」

 突如、がっしりとニコを掴み上げた大きな手。それは容易に彼女の腕をへし折った。

「……やっと、掴まえたぞ…」
「ギャアアァァッ!!」

 断末魔のような叫びを上げるニコ。
 その激痛と反動で彼女が持っていた剣が、地面へ突き刺さる。
 ヤヲはニコを掴む男の顔を見上げた。

「レグ…!」

 痛みに暴れ狂うニコを羽交い締めしつつ、レグはヤヲと瞳を交える。

「すまない…ニコが、突然暴走して…この様だ……」

 言われなくとも判る事実。
 レグの腹部には赤黒い血が流れ続けていた。
 そんな彼が決死の思いで押さえ込んでいる最中にも、ニコは笑い声を上げ、狂ったように暴れ続ける。

「ニコを…ニコを元に戻す方法を知らないか…?」

 見たこともないレグの必死の形相。
 しかし、生憎ヤヲもその方法は知らない。『知らない』と言うよりは『方法がない』と言った方が正しいだろう。
 体感したヤヲだからこそ感じている結論だった。
 
「…多分、ニコはもう―――」
「そうか……もう俺たちは…だめだ…お前は、リデと、合流…しろ…」
「そんな…もしかしたら二人共助かる方法があるかもしれないのに…!」

 可能性が全くないわけではない。
 ニコをこんな状態に貶めたチェン=タンあの男ならば僅かだが、助ける手立てを知っているかもしれない。
 だが、レグはヤヲの言葉に耳を貸すことはなく。
 折れた腕を振り回し、まるで駄々っ子のように暴れ狂うニコをきつく、きつく、抱きしめ続ける。

「俺は…復讐という言葉に託けて死ぬ方法を探し彷徨っていただけの人間だ…それがいつしか…せめてこの子たちだけは、今度こそ守りたいと…思うようになっていた、が……それが叶わんのならば、この命に、もう意味もない……」

 そんなことはない、と叫ぶことはヤヲには出来なかった。
 それは少なからず、ヤヲ自身にも当てはまる言葉であったからだ。 
 同じ立場であったならば、同じことをしていた人間だったからだ。

「お前は行け…そしてあの子を……リデを守ってやってくれ…」
「―――貴方とは…もっと早くに、沢山話をしてみたかった…」

 ヤヲはそう言うと静かに踵を返した。
 振り返ることはなく、レグとニコの傍から去って行く。

「……俺も、だ…」

 去り行くヤヲの背をある程度眺めた後、レグはニコが手放した剣を地面から抜き取る。

「ニコ…寂しい思いはさせない…俺も一緒に逝く……!」

 そう言うと彼は最期の、渾身の力で、その剣をニコ諸共自分の心臓目掛け、突き刺した。
 狂気に荒れ狂っていたニコは悲鳴を上げ、次第にぐったりと力を失っていく。
 レグもまた、その場に崩れ落ちた。ニコに刺した剣はレグをも貫いていた。

「はなぜっ! はなぜっ!! あづいっ! あづいのにっ!!」

 ニコは荒い呼吸を繰り返しながらも必死に抵抗し、更にはレグの腕にまで咬みついた。
 もう彼女は『ニコ』としての意識は無くなってしまっているようだった。
 だが、それでもレグは彼女だけは、この子だけは放すまいと、懸命に渾身の力を込めて抱きしめ続ける。

「……ニ、コ…」

 その姿は娘を最後まで守ろうとする父親と同じようであった。
 次第に朦朧としていく意識の中、ニコの力もまた徐々に弱まっていき、静かになっていく。

「…こわい、よ…こわいよ……パパ……」

 最期に彼女はその大きな瞳に涙を浮べ、か弱い声でそう呟いた。
 レグは彼女の言葉を耳にする。
 そして口角を上げ、彼女の頭を優しく撫でながらゆっくりと瞼を閉じた。

「もう、怖いことは、ない…」

 彼女に届くか届かないかの、穏やかな声でそう囁いて。






    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

処理中です...