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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
54案
しおりを挟む「こ、こんなこと…歴史上類を見ない…」
悪夢の光景を目の当たりにした増援の兵士が、思わずそう漏らした。
そのとき。
惨劇の向こうから一人の人影が扉に向かって駆け込んできた。
「待て! 賊を通すわけにはいかない!」
兵士たちは急ぎ槍を構え、その人物の行く手を塞ぐ。
が、その人物は驚きに情けない声を上げながら被っていたフードを脱いだ。
「まっ、待って! 待ってください! 私めは給仕をしておりました従者でございます!」
未だ疑心の目を向ける兵士たちに、従者と名乗った男はコートの隙間から揺り籠を取り出してみせた。
大事に抱えていたその籠の中には、すやすやと眠る赤子の姿があった。
「国王様の嫡男様を託されまして…仲間が次々と倒れる中、息を殺し…逃げ惑っていた次第です……!」
涙ながらに、早口に説明する男。
揺り籠を兵士に託すなり、男はその場に崩れ落ち、動揺に身体を震わしていた。
「…すみません…私なんかが…生き残ってしまって…!」
錯乱状態である男に閉口してしまった兵士たちは、なし崩し的に槍を下した。
「もうわかった。おいお前、こいつと赤子を避難させてやれ」
「はい」
命令された兵士の一人は、赤子を片手に男を強引に引き連れ、会食場から遠ざかっていく。
残った兵士は仲間と共に、掛け声を上げながら未だ惨劇が繰り広げられている会食場へと突撃していった。
「―――この辺ならもう安全だろう」
会食場から離れ、森林の中を進む兵士と男。
森の向こうから見えてきた明かりが味方であるアマゾナイトのものだと気付くと、兵士は男に赤子の籠を担がせ、その方へと向かわせる。
「あの先にアマゾナイトたちが待機している。そこまで行って赤子共々保護して貰うと良い」
「は、はいっ……ちなみに、私めの他に生存者や逃げ出した賊などは…見掛けましたか…?」
突然の質問であったが、兵士は疑うことなく男へ答える。
「いや…見掛けてはいない。だが、お前も聞いているだろうがあの会食場には王族のみが知る秘密の抜け道があるらしいからな…そこから逃げ出したお方もおられるだろう」
「そうですか…ありがとうございます―――」
直後。
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驚き、目を見開く兵士であったが、生憎と声を上げることは出来ず。
その兵士は次第に顔を青白くさせ、苦しみながらその場に崩れ落ちた。
「一体…皆は何処に…」
顔を顰めながら男は―――もとい、従者を演じていたヤヲは布切れの隙間から抜き身出た義手の刃を隠し直す。
抱えたままである揺り籠の赤ん坊はこのような状況下でも静かに寝息を立てていた。
「これはこれは…大物になりそうで…」
そんなことを呟きつつ、ヤヲは不意に苦笑を洩らす。
彼はあの場から無傷で逃走するべく、咄嗟に従者の亡骸から背広だけを奪い、左手を隠し変装した。
いざとなれば赤子を人質にすることも視野に入れつつ、彼は会食場から逃げ出すことに成功したのだ。
(赤ん坊はまだ使えるだろう…が、問題はリデたちが何処に行ったのかだな……)
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あの時点で『革命』の計画は間違いなく失敗したのだ。
だとすれば、負傷したロドを連れ即座に戦線から離脱したのだろうというのがヤヲの考えだった。
(おそらくはリデの独断で…だとしたら…一体何処にどうやって…)
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と、そのときだった。
「貴殿は…生存者、なのか…?」
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その声が戸惑っているのも無理はない。ヤヲの足下には事切れて倒れた兵士の姿があったからだ。
不味いものを見られたと、ヤヲは顔を顰めつつ、再度左手を構えた。
「そうですが、何か―――」
そう返答し、振り返ると同時にヤヲは左手を新たに駆けつけた兵士へと向けた。
迷わず、一直線に狙う首元。
が、その一撃は寸でのところで弾かれてしまった。
その兵士は咄嗟にヤヲの攻撃を剣で弾き返したのだ。
「何だその手は!? いや、その前に…まさか賊か…!?」
声を荒げるものの、動揺を押し殺し、武器を構え直す兵士。
見るとその兵士は鎧を纏った国王騎士隊ではなく、深緑色の軍服を纏ったアマゾナイトであった。
「…ッ!?」
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「女…軍人……」
ヤヲは思わず呟いた。
「やはり賊なのか…しかも、お前のその手にしているものは―――」
尋ねる間も与えず、ヤヲは渾身の一撃をその女軍人へと振り落とした。
即座にそれを受け止めた彼女であったが、力の差は若干彼女の方が劣るらしく。
鍔ぜり合う刃は、僅かにヤヲの方が押し勝っていた。
「会いたかったですよ…一族の…キ・ネカの仇!!」
「お前は……まさか…あのときのか…!」
直後、渾身の力を込め、雄叫びと共に女軍人はヤヲの左手を振り払った。
それから直ぐに後退しつつ、剣を構え直す。
同じく、ヤヲも態勢をたて直し、武器を構えた。
「そうですよ…貴方に復讐するために、その為だけに僕は此処まで来た!!」
復讐心に昂り渦巻く感情。溢れ出る猛り。
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