そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
232 / 322
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

54案

しおりを挟む
    







「こ、こんなこと…歴史上類を見ない…」

 悪夢の光景を目の当たりにした増援の兵士が、思わずそう漏らした。
 そのとき。
 惨劇の向こうから一人の人影が扉に向かって駆け込んできた。

「待て! 賊を通すわけにはいかない!」

 兵士たちは急ぎ槍を構え、その人物の行く手を塞ぐ。
 が、その人物は驚きに情けない声を上げながら被っていたフードを脱いだ。

「まっ、待って! 待ってください! 私めは給仕をしておりました従者でございます!」

 未だ疑心の目を向ける兵士たちに、従者と名乗った男はコートの隙間から揺り籠を取り出してみせた。
 大事に抱えていたその籠の中には、すやすやと眠る赤子の姿があった。

「国王様の嫡男様を託されまして…仲間が次々と倒れる中、息を殺し…逃げ惑っていた次第です……!」

 涙ながらに、早口に説明する男。
 揺り籠を兵士に託すなり、男はその場に崩れ落ち、動揺に身体を震わしていた。

「…すみません…私なんかが…生き残ってしまって…!」

 錯乱状態である男に閉口してしまった兵士たちは、なし崩し的に槍を下した。

「もうわかった。おいお前、こいつと赤子を避難させてやれ」
「はい」

 命令された兵士の一人は、赤子を片手に男を強引に引き連れ、会食場から遠ざかっていく。
 残った兵士は仲間と共に、掛け声を上げながら未だ惨劇が繰り広げられている会食場へと突撃していった。




「―――この辺ならもう安全だろう」

 会食場から離れ、森林の中を進む兵士と男。
 森の向こうから見えてきた明かりが味方であるアマゾナイトのものだと気付くと、兵士は男に赤子の籠を担がせ、その方へと向かわせる。

「あの先にアマゾナイトたちが待機している。そこまで行って赤子共々保護して貰うと良い」
「は、はいっ……ちなみに、私めの他に生存者や逃げ出した賊などは…見掛けましたか…?」

 突然の質問であったが、兵士は疑うことなく男へ答える。

「いや…見掛けてはいない。だが、お前も聞いているだろうがあの会食場には王族のみが知る秘密の抜け道があるらしいからな…そこから逃げ出したお方もおられるだろう」
「そうですか…ありがとうございます―――」

 直後。
 兵士は男に喉元を掴まれる。
 驚き、目を見開く兵士であったが、生憎と声を上げることは出来ず。
 その兵士は次第に顔を青白くさせ、苦しみながらその場に崩れ落ちた。

「一体…皆は何処に…」

 顔を顰めながら男は―――もとい、従者を演じていたヤヲは布切れの隙間から抜き身出た義手の刃を隠し直す。
 抱えたままである揺り籠の赤ん坊はこのような状況下でも静かに寝息を立てていた。

「これはこれは…大物になりそうで…」

 そんなことを呟きつつ、ヤヲは不意に苦笑を洩らす。 
 彼はあの場から無傷で逃走するべく、咄嗟に従者の亡骸から背広だけを奪い、左手を隠し変装した。
 いざとなれば赤子を人質にすることも視野に入れつつ、彼は会食場から逃げ出すことに成功したのだ。

(赤ん坊はまだ使えるだろう…が、問題はリデたちが何処に行ったのかだな……)
 
 ロドはあのとき、砲撃を受け負傷した。
 あの時点で『革命』の計画は間違いなく失敗したのだ。
 だとすれば、負傷したロドを連れ即座に戦線から離脱したのだろうというのがヤヲの考えだった。

(おそらくはリデの独断で…だとしたら…一体何処にどうやって…)

 ヤヲは思案顔を浮かべながら眼鏡を押し上げる。
 と、そのときだった。

 


「貴殿は…生存者、なのか…?」

 突如、背後から聞こえてきた声。
 その声が戸惑っているのも無理はない。ヤヲの足下には事切れて倒れた兵士の姿があったからだ。
 不味いものを見られたと、ヤヲは顔を顰めつつ、再度左手を構えた。

「そうですが、何か―――」

 そう返答し、振り返ると同時にヤヲは左手を新たに駆けつけた兵士へと向けた。
 迷わず、一直線に狙う首元。
 が、その一撃は寸でのところで弾かれてしまった。
 その兵士は咄嗟にヤヲの攻撃を剣で弾き返したのだ。

「何だその手は!? いや、その前に…まさか賊か…!?」

 声を荒げるものの、動揺を押し殺し、武器を構え直す兵士。
 見るとその兵士は鎧を纏った国王騎士隊ではなく、深緑色の軍服を纏ったアマゾナイトであった。
 
「…ッ!?」

 ヤヲはその兵士の顔を見るなり、目を見開いた。
 闇夜に負けじと映える艶やかな金の髪と、見覚えのある顔。

「女…軍人……」

 ヤヲは思わず呟いた。

「やはり賊なのか…しかも、お前のその手にしているものは―――」

 尋ねる間も与えず、ヤヲは渾身の一撃をその女軍人へと振り落とした。
 即座にそれを受け止めた彼女であったが、力の差は若干彼女の方が劣るらしく。
 鍔ぜり合う刃は、僅かにヤヲの方が押し勝っていた。

「会いたかったですよ…一族の…キ・ネカの仇!!」
「お前は……まさか…あのときのか…!」

 直後、渾身の力を込め、雄叫びと共に女軍人はヤヲの左手を振り払った。
 それから直ぐに後退しつつ、剣を構え直す。
 同じく、ヤヲも態勢をたて直し、武器を構えた。

「そうですよ…貴方に復讐するために、その為だけに僕は此処まで来た!!」

 復讐心に昂り渦巻く感情。溢れ出る猛り。
 それは徐々にヤヲの冷静さを欠いていく。






     
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―  “賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。  だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。  当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。  ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?  そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?  彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?  力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

<番外編>政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
< 嫁ぎ先の王国を崩壊させたヒロインと仲間たちの始まりとその後の物語 > 前作のヒロイン、レベッカは大暴れして嫁ぎ先の国を崩壊させた後、結婚相手のクズ皇子に別れを告げた。そして生き別れとなった母を探す為の旅に出ることを決意する。そんな彼女のお供をするのが侍女でドラゴンのミラージュ。皇子でありながら国を捨ててレベッカたちについてきたサミュエル皇子。これはそんな3人の始まりと、その後の物語―。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

そんなの知らない。自分で考えれば?

ファンタジー
逆ハーレムエンドの先は? ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

処理中です...