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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
50案
しおりを挟むアドレーヌ王国、エクソル湖西の湖畔からほど近くにある会食場。
王都内でのお祭り騒ぎとは打って変わって、此処には厳かな空気が張り詰めていた。
煌びやかな装飾が施された長い長い食卓。
そこに腰を据える礼服に包まれた者たち。
そしてその列の最奥、上座の豪華な椅子に座する初老の男性こそが―――。
「―――国王様」
その言葉に反応する男性は、傍らの兵士を一瞥する。
片膝をつく兵士は深々と頭を下げたまま報告する。
「食事の準備が完了しました」
「うむ…ではお前たちは指定の位置へと戻り警備強化を」
「はっ」
兵士の男性は更に深く一礼をすると、静かに速やかにその会食場を後にする。
退室した彼と入れ替わるように、間もなく従者たちがワゴンに乗せて食事を運んできた。
テーブルに並ばれていく料理の様子を眺めつつ、兵士たちはゆっくりと扉を閉めた。
会食場。その大きな扉の前では国王直属の兵である『国王騎士隊』が既に三人がかりで警備に当たっている。しかし、警備はそれだけではない。会食場へと続く通路にも、周辺の庭にも。彼らは厳重に警戒し、任務を全うする。
その会食場を囲うように更に周辺の森林や湖畔近くには派遣されたアマゾナイト軍も配置されていた。
虫一匹通さないほどの厳戒態勢。
そんな状況下で、今まさに単身大食堂内に乗り込もうとしている人物がいる。
「そこを退いて下さい、キミツキ隊長」
そこより外れた森林の中。
キミツキと対立するその女性は反乱組織や賊といった者ではなく。
同じ軍服を着たアマゾナイトであった。
「―――ヒルヴェルト…何故此処にいる…?」
彼女―――ヒルヴェルトの揺るぎない双眸にキミツキは頭を抱える。
「お前の配置は船に乗り湖上からの警備だったはずだが…」
その言葉にヒルヴェルトは眼光鋭くさせ、目の前の上司を睨みつける。
「はい。直ぐに私を遠ざけるためのものと察し部下と交代しました」
彼女が怒りを露にしているのも無理はない。
ヒルヴェルトはこの任に乗じて国王へ直談判をするつもりでいた。
だが宛がわれた任は湖の上という、謁見すら叶わないだろう場所の警備。
彼女はそんな理不尽な配置変更をつい先ほど聞かされたのだ。
「急な、こんなこと…あまりにも理不尽かと…!」
「悪いな…察しの通りだ」
ヒルヴェルトはより一層と顔を顰める。
キミツキはため息交じりに彼女から視線を逸らした。
「提案しておいてなんだが…お前の行動を見過ごすことは出来んからな…」
「だから…だからと言ってこのような仕打ちをしなくとも…!」
「するだろう。迷惑は掛けんと言えど俺にも責任がある。それにお前の首が掛かっているのならば尚更」
キミツキの言葉にヒルヴェルトは口を噤む。
「お前を失うにはまだ早い……それにラショウも生きていれば同じことをしていたはずだ」
直後、彼女の顔色が変わる。
『ラショウ』の名で見せる、明らかな動揺。
ヒルヴェルトの反応に卑怯なことをしたと、キミツキはため息を吐く。
しかし元より彼女が暴走するようなことがあった場合、最終的にはこの名を出すつもりでいた。
十年前に亡くなった、ヒルヴェルトの夫の名を。
十年前の当時。
同じ軍人であった夫が戦死したとの報を聞いたヒルヴェルトは酷く驚愕し、その衝撃に錯乱していた程だった。
二人を仲立したキミツキとしても彼女の落ち込みようには動揺を隠せず、同時に、親友でもあったラショウの死を哀れんだ。
その後、彼女は復讐に憑りつかれ、今の地位に上り詰めるまで荒れ狂っていた時期もあった。が、息子の存在によってようやく彼女なりに立ち直ったのだ。
だがしかし、夫のことに関しては未だ名前すら口に出せないでいる。今見せている動揺が何よりの証であった。
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