219 / 319
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
41案
しおりを挟むリデが求めていた思い出の味に辿り着き、その帰路に立つ二人。
『はしまき』をようやく堪能出来たリデは、終始満足げな表情で歩いている。
店を出て暫く経ったと言うのに、その横顔は幸福と言っているようであった。
「それにしても…どうしてあの店だってわかったの?」
歩く最中、おもむろにリデがそう尋ねた。
確かにあの店は正攻法ならばどうあっても辿り着けそうもない、意表を突いたものだった。
だが、なのにどうしてヤヲは見つけられたのか。
「リデが大切な思い出をちゃんと覚えていたからだよ」
「え…?」
歩きながらヤヲは話す。
「ロドが『いつもの』と頼むくらい行きつけの店で、そして人目のつかないような路地裏にある店…となると浮かんだのが料理店よりも武器を売買している店の方がしっくりくる気がしてね」
ヤヲの言葉を聞き、リデは目を見開き「確かに」と呟く。
「この町でそういった条件の当てはまる店はあそこくらいしかないなと思って行ってみたら…店内の張り紙に書いてあったんだよ。『ムト料理も提供してます』ってさ」
「そ、そうだったの…」
僅かに顔を俯くリデはどことなく不機嫌そうにヤヲには映る。
だが、そんな彼女の横顔を眺め、ヤヲは人知れず笑みを零した。
「…私も、頭が回らなくなってたみたいね…恥ずかしい限りだわ」
ぼやくようにリデはそう話す。
「でも、満足だったんだろ?」
ヤヲに尋ねられるとリデは小さく頷き、微笑みを見せた。
「ええ。お土産も持って帰れるわけだもの」
そう言ってリデは自身の手にある包みを一瞥する。
その包みの中には今頃アジトでご立腹状態だろうニコへのお詫びの土産―――先ほど追加で購入した『はしまき』が包まれていた。
「本当に楽しかったわ……できることなら、このままずっと……」
ヤヲの耳にも届かないような、囁き声。そうして静かに閉じられる唇。
聞き逃してしまったと思ったヤヲは慌てて彼女を見つめ、耳を傾ける。
「ごめん、なんて…?」
「―――なんでもないわ」
しかし。返したリデの言葉と態度は、いつも見せる冷製沈着な彼女のそれに戻っていた。
何事もなかったかのように、リデはヤヲの先を歩き始める。
その後ろ姿はもう、今日を楽しんだ少女の背中ではなく。
冷血な組織員の足取りとなっていた。
「何してるの? 早く行くわよ」
いつの間にか足が止まっていたヤヲ。
リデの言葉で我に返った彼は急ぎ彼女へと歩み寄る。
「ごめん、今行く―――」
だが。何故か彼はふと足を止めた。
「何かあったの…?」
「いや…今、見たことある人がいたような気がして…」
そう言ってヤヲは人混みの中を指差す。
しかし二人が今いる場所は大通りの中。
夕陽も沈んだ時刻ということもあり、そこには酒を求めて日中とはまた違う賑わいが押し寄せていた。
町の至る場所でエナ製の街灯に灯りが燈されていく。
「そもそも…組織の人間以外で見たことある人なんて、いるの?」
最もであるリデの言葉に、ヤヲはその指先を静かに下す。
「そう…だよね…」
そう言って、再び歩き出すヤヲ。
その後、彼が振り返ることはなかった。
「―――どうかしましたか? ヒルヴェルト副隊長」
部下に声を掛けられ、我に返るヒルヴェルト。
彼女は金の髪を揺らし、部下と瞳を交える。
「いや…今、見たことのある顔がいたような気がしてな…」
ヒルヴェルトはそう言うと一人、頭を振る。
(まさか…似ていただけ、か……気が滅入っている証拠かもしれないな…)
そう考え直し、ヒルヴェルトは喧騒の中へと静かに歩き出した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
海夏世もみじ
ファンタジー
月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。
彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる