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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

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 これまでニフテマの町には、買出し等で何度か足を運んでいるヤヲ。
 だが、今日の町並みは何処かいつもと違って見えるような気がした。
 こんな店があったのか。こんな品物も並んでいたのか。
 改めて発見することがとても多く。
 行き交う人、交換されていく品々。賑わう声。眩暈のような熱気。
 それらに鬱陶しさを感じつつも、同時に感動も覚えた。

「町って…こんなにすごい場所だったんだな」

 そう思わず呟いてしまうほどだ。
 まるで田舎からやって来たばかりの台詞を吐いた男に、リデはくすりと笑みを零す。

「そんな今更驚くことかしら」
「ごめん。でも、本当に気がつかなったんだ…町というものがこんなだったということに」

 俯き顔を逸らすヤヲ。
 するとリデはそんな彼の腕を力強く引っ張った。

「今日は…そんな顔をしないで」

 ヤヲが顔を上げると、ごめんと苦笑交じりに謝罪した。



 しばらく町中を歩き続けた後、二人は目的の店に到着した。
 男性ものを中心とした衣服を売買している店らしく、店頭には男物のスーツが掛けられている。

「ロドやレグたちの服はここでいつも仕立ててもらうのよ」
「それじゃあロドたちもここに来てサイズを図って貰うんだ」
「まさか。この店は最初から適当なサイズで仕立てられた衣服が売ってあるから、それを買うのよ」

 サイズが違うときはどうするの?
 と、いうヤヲの質問にリデは笑みを堪えたような口許で「今度コートの下を見せてもらったら?」と返した。
 その反応でなんとなく予想がついたヤヲはそんな姿を想像し、彼女と同じ笑みを浮かべた。

「いらっしゃい」

 店内に入ると程なく女性店主が奥から姿を現す。
 リデは笑みを零しながら彼女へ手を振ると、女性店主もリデへ返すように笑顔を見せた。

「いつもご贔屓にして頂いてありがとね」

 贔屓にしているというだけあり、リデの特異な出で立ちにも女性店主は驚いたり不審がったりすることはない。
 おそらく彼女の素性を知った上で、店主は対応してくれているように見えた。
 でなければフードや帽子に隠しているとはいえ、あの特徴的な青い髪を見逃すわけがない。

「おやおや、今日はまた随分とおめかしなんかしちゃって…ロドは良いのかい?」
「…ロドとはそんなんじゃないわ。勿論、彼ともそういう関係じゃないけれどね」

 茶化す女性店主へそう冷静に返すリデ。
 だがその内心は穏やかではなかったらしく。
 彼女はいつまで経ってもずっと同じ衣服を見つめている。
 そんな等身大の少女の姿を見て、ヤヲは小さく微笑みつつ眼鏡の蔓を押し上げた。






「この衣装でどうかしら?」

 そう言ってリデが選んだ服は、落ち着いた色調のシャツだった。
 同じようにズボンと、ついでに靴やベルトなども新調していく。
 組織で支給されたものとは違う着心地の良さ、しなやかさと華やかさにヤヲは胸の奥がむず痒くて仕方がない。

「…まあ、良いんじゃないかな?」
「決まりね」
「じゃあ早速合計金額だけど…」

 リデと店主はそんな会話をしながらそそくさと勘定をしに奥へと消えていく。
 試着場に一人残されたヤヲは改めて、鏡に映った自分を見つめる。
 そこにいる自分は、まるで今までとは違った世界にいる別人のように映ってみえる。

「……そっちの君は、幸せになれるのかな…」

 思わず呟いた言葉。
 そんな世界に憧れるつもりも望む考えも、ヤヲには毛頭なかった。
 だが、少しばかり恨めしいとは思ってしまった。

「あ、そうそう。脱いじゃだめよ」

 勘定を終えたリデは、急いだ様子で試着場へ戻るなりそう言う。
 ヤヲは丁度シャツのボタンに手をかけていたところだった。

「え、でも…」
「良いの。今日はその姿でいて」

 ため息をつき、ヤヲは静かに頷いた。





     
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