212 / 298
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
34案
しおりを挟むリデに言われた通り、ヤヲは少しばかりの仮眠をとった後、アジトの外へと出た。
未だ疲労感が残る身体のせいか、不意に漏れ出る欠伸。
ずれた眼鏡を押し上げつつ見上げた空は快晴で。
地下では滅多に見ることの出来ない、鮮やかな青い空が広がっていた。
「眩しいな…」
照りつける太陽の輝きに思わず目を細めるヤヲ。
と、彼の背後から突然、声が聞こえてきた。
「待ってたわ」
ヤヲが振り返ったその先にはリデが立っていた。
だが彼女はいつものレザーマントとは違う―――真っ白なツーピースを着ていた。
青い髪は麦わら帽子の中へ丁寧に隠されており、遠目ではそうそう気付くことはないだろう。
「に、似合うかしら…?」
いつもとは違う衣装に一番困惑しているのはリデ本人のようで。
あちらこちらに頭を動かし回し、包帯の下から伺える頬は赤く。
まるで、どこにでもいる普通の少女だった。
「似合うよ」
そう答えると、その頬はより一層に赤みを増す。
ぎこちない彼女は顔を麦わら帽子に隠し、ヤヲの腕を掴んだ。
「行きましょう」
照れ隠しのように強めの口調でそう言うリデ。
だが、その口元に描かれる三日月はどことなく緩んでいるようだった。
「何処に行くんだ?」
「服屋さんよ」
歩幅が徐々に早くなる。
ヤヲは苦笑を浮べ、一歩半後ろでついていく。
たった一日の、短い二人の休暇が幕を開ける。
真っ暗闇―――漆黒に染まる空間。
その部屋で男はただ呆然と、放心状態かの如く天井を見つめ続けている。
と、誰かの気配を察し、その緩んでいた表情が引き締まった。
「―――こんな場所にまで、なんのようだ?」
ぴちゃり。彼が浸かっている液体が、波紋を広げる。
物陰からおもむろに現れた男は、その液体に浸かる男を見下すようにして立ち、笑みを浮かべた。
「これは失敬…そのお姿を見られるのは嫌いでしたね」
仮面の男は紳士的な微笑みでそう語る。
だがその笑みには皮肉しか込められていないことを知っている男は、あからさまに嫌悪した表情を浮かべる。
「まあそう邪見になさらないでください…偶に見ておきたくなるのですよ。液体化されたそのエナ溶液に半々日は浸からなければ死んでしまう……その複雑なお身体を、ね」
『同情心』という名目を挙げるわりに嘲笑うような口許を見せる仮面の男。
一層と彼は眉を顰め、仮面男を睨む。
「黙れ。早く用件を言え、ウォナ」
威嚇的な視線に臆せず、ため息すら漏らす仮面の男―――ウォナ。
「先ずは件の彼を引き入れてくれたこと…感謝しますよ。中々の逸材でしょう? 彼がいれば素晴らしい成果が得られると思いますよ」
「…力量はまあまあ、だが。精神面は難アリだな。ああいう奴は優しさ故にいざってときは脆いもんだ」
その言葉にクスクスと笑みを零すウォナ。
それは貴方もでしょう、と含んでいるその嘲笑に、男は顔を顰めたままでいる。
と、そんな彼に向けて、ウォナはおもむろに数枚の用紙を取り出した。
「何だこれは…?」
溶液に浸かったままでいる男は近くの布で手を拭いた後、用紙を受け取る。
「いえ…近いうちに王城を襲撃すると聞きましたので、その参考になればと…」
そこには、近々行わる予定である生誕祭のイベントの一つ―――会食の参加者リスト。その会食場となる場の詳細な見取り図などが書き連ねられていた。
それはまさしく、喉から手が出る程欲しい『密書』だった。
が、しかし。練りに練り上げられた計画を立てた今となっては、それは最早不必要な『情報』となっていた。
「その生誕祝いの会食は仮に情報が漏えいされたとしても、決して中止することの出来ない神聖なイベントです…ので、襲撃するならば最適な場所かと思いますが」
そう言って仮面男は口角を上げてみせる。
片や浴槽に浸かる男の顔にはいつもの傲慢な笑みはなく。むしろいつもにはない怒りがそこにはあった。
「…つまり、この場所以外への襲撃はあり得ない…っつーかやらせない、と言いたげだが…?」
「それは貴方の捉え方次第です」
含み笑う仮面男を、眼光鋭く睨む男。
「…今回の思惑なんだ?」
「思惑、とは…?」
「てめえはいつもそうだ…何か腹積もりがあるときばかり、俺らの前に現れやがる」
「偶然では?」
「そもそも、気にくわねえんだよ―――その、全てを見透かした上で弄んでるようなてめえの態度がな」
ウォナは何も答えなかった。
沈黙のまま踵を返し、その場から去ろうとする。
が、ふと彼の足が止まった。
「……この『情報』を生かすかどうかは貴方の自由です。ただ…貴方がた組織が誰のお蔭で支えられているのか……そこを重々承知の上で、行動してください」
そう告げて、ウォナは頭を下げる。
「それでは、さようなら…ロド様」
そうして、仮面男は漆黒の向こうへと姿を消した。
一人残された男―――ロドは、仮面男の気配がなくなったことを確認した後、再び天井を仰いだ。
漆黒が広がる空間に、その浴槽の水が不気味に輝き、揺らぎ動く。
ロドは静かに口を開いた。
「くそっ…俺らは結局……てめえの道化でしかねえってことかよ…」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる