そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

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 キミツキはヒルヴェルトより視線を逸らすと、再度月を眺めた。
 淡く白い輝きは清廉された光の如く、周囲の暗闇を明るく照らし続けている。

「アマゾナイトと言えば…それこそかつては平民たちの憧れの職だった。王国より一任された平和維持の権限を持つ軍団…それはもう王族貴族に匹敵する地位だとさえ謳われたこともあった」

 しかし、今はその見る影もなく。
 国王に命じられるまま、諸悪の根源と揶揄されるネフ族を狩ることが誉と刷り込まれてしまっている。
 敵意すらない子供にまで刃を向ける下僕と化してしまっている。
 そんな現状をキミツキ自体も危惧してはいた。

「昨今じゃあ反乱分子がネフ族の味方について革命を起こそうとしているらしいしな」
「ゾォバと名乗っている組織のことですか」
「ああ。まったく…人を狩る側と救おうとする側…傍から見ればどちらが正義に見えることだろうか判らなくなってしまったな…」

 だがしかし。
 何百年と掛けて刷り込まれた『意思』は『悪意』だとしても最早『常識』だ。
『ネフ族は諸悪の根源であり、追放するべき存在』という概念を覆すことは、それこそ革命が起こらなければ不可能だろう。




「正義など…そのようなものを望むつもりは最早ありません。私は…直に国王様へ問いたいのです。ネフ族に対する扱いを改善出来ないものかと」

 彼女の真っ直ぐな双眸は本気の意志を表していた。
 だが、一般の平民が国王と謁見など、それこそ不可能と言える。
 その目で拝むことさえ、そう簡単に叶うものではないのだ。

「―――手が無いわけではない」

 ため息交じりにキミツキは言った。

「か、可能なのですか…?」
「あくまでも国王様と会える機会がある。という程度の可能性だがな…一週間後、国王様の嫡男出生祝いの日程は聞いているか?」
「はい。パレードを行い、王都中を練り歩くためアマゾナイトはその警護に当たると報告は受けています」

 現国王であるクェート・リュウ・リンクスは中々後継が生まれずにいたのだが、壮年の今となってようやく待望の第一子が誕生した。
 そんな歓喜を盛大に祝うべく、国王は生誕祭開催の御触れを国中に出したのだ。
 それはいわゆる『国王のわがまま』とも言える道楽であったが、民たちも久々の明るい報せを喜び、生誕祭を受け入れた。
 故に、今王都は生誕祭の準備の真っ最中であった。
 
「そのパレードの後、通過儀礼みたいなものらしくてな、極秘に親族のみで会食が行われる…」
「その会食に何か…?」

 再び風が吹き始め、その強い風は二人の髪を乱す。
 砂塵が巻き上がり、自然とヒルヴェルトは目元を細める。

「…その会食を襲撃しようと企てる連中がいる。という密告があったらしい。本来王族貴族の警護は国王騎士隊がやるべき務めなんだが…戦闘経験の豊富なアマゾナイトも念のため遠巻きながら警護に加わることとなった」

 儀式故に会食自体を中断するという考えは国王側にないらしく。
 だが、それによりヒルヴェルトにとってはまたとない機会がやってきたわけだった。

「成功するしないかは運次第…それにその行動自体、君にとってどんな結末になるかは未知数だ」

 下手をすれば、襲撃犯の一員としてそのまま処断もやむを得ない。
 仮に処断を免れたとしても、退役は確実だろうとキミツキは告げる。

「本来なら俺が代わりに嘆願してやるべきなんだろうが…生憎俺にも守るべき家族がいる。君にだって大切な息子がいるなればこそ、思い留まることも一度考えてから―――」
「ですが、私がしなければ誰がするというのですか!」

 ヒルヴェルトは強い口調でそう言った。
 キミツキを睨む彼女の瞳に、思わずキミツキは視線を背けた。
 と、自分の感情が昂っていることに気づき、ヒルヴェルトは慌てて深く頭を下げる。

「失礼しました」
「良い。俺の方こそ、君の息子を話に持ち出してしまってすまない」
「いいえ……息子については現在妹に預けています。のんびり屋ながら王国随一の才女…私なぞより立派に息子を育ててくれるはず。なので、私に有事のことがあっても問題はありません」

 彼女はもう一度深く腰を折ると、隊長の横をすり抜けていく。

「明日も早いので失礼します」

 最後にそう告げると、ヒルヴェルトは颯爽と宵闇の向こうへと姿を消す。
 そうして彼女の足音が遠くへ消えていった後、キミツキは深いため息を漏らした。

「……守るべきものを得たせいで、あらぬ方向に突っ走り出してしまったな…ラショウ、お前が生きていたらああはならなかったのだろうか……」







     
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