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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

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「ヒルヴェルト副隊長! 此方です!」

 日も沈み、暗黒のような空が広がる時刻。
 ランタンを片手にしたアマゾナイトたちが一か所に募っていた。
 名前を呼ばれた副隊長は、その場所へと静かに歩み寄る。
 今回の任務は、前回執行した『ネフ狩り』の後処理に訪れていただけであった。戦闘など、起こるとは想定していなかった。
 だがしかし。予想外の結末を迎えてしまった仲間を前にし、ヒルヴェルトは思わず顔を顰めた。

「サムル…リード…」

 彼女は片膝を付き、絶命した仲間たちの名を洩らす。

「喉元に刃物のようなもので突き刺された痕跡がありました」
「正面からの一突き…二人の油断もあったのだろうが……この傷からは執念のような怨念のようなものを感じずにはいられないな」

 その一撃は明らかに獣によるものではなく。殺意を持った人によるものと思われた。
 そしてアマゾナイトには狙われる心当たりも嫌と言うほどある。
 ヒルヴェルトは息絶えた仲間たちの瞼を伏せさせるとその場から立ち上がり、他のアマゾナイトたちへ命令を出す。

「この二人を丁重に運んでくれ。王都へと戻り次第弔う」
「御意」

 アマゾナイトたちは同胞を丁寧に白布で包み、運んでいく。
 本来ならばその白布は、先日の際に絶命してしまい、止む無く置き去りにしてしまった同胞たちのためのものだった。

「ヒルヴェルト副隊長…軍本部へのご報告はどのように…?」
「お前が案ずる必要はない。私から適当に説明しておく」

 彼女の言葉の意図に、その部下は静かに敬礼を返す。
『人に襲われた』と報告などしようものならば、折角完了しようとしていたこの辺一帯の『ネフ狩り』が再度強行される恐れがある。
 そんな部下の憂慮を、ヒルヴェルトもまた同じく抱いていた。
 王国からの勅命により数十年近く経過した今も続く『ネフ族狩り』。
 王国はネフ族を根絶すると豪語しているが、一体どれだけのネフ族の命が狩られたことか。それにより犠牲となったアマゾナイト仲間たちがいることか。知っているのだろうか。
 既に感覚がマヒしてしまっている王国やアマゾナイトたちは、そんな異を唱えるものはほとんどいない。いたとしても、唱えることさえ出来ない。後戻り出来ないところまできてしまっていた。
 だが、だからといってこのままで良いわけもない。
 と、傍らでヒルヴェルトを見守っていた部下に、彼女は言った。

「すまない…少し一人にしてくれないか……」






 今宵は久しぶりの月夜だった。
 白く淡く輝く月下にヒルヴェルトは一人、とある場所へと赴いていた。

「すまなかった…」

 彼女は眼前に広がる―――岩々が積み上がっただけの残骸のような―――それへと囁く。
 深く頭を下げたその先には、岩場の隙間からまるで彷徨うように枝分かれながら流れる川があった。
 ヒルヴェルトはこの惨状の原因について、元凶について、全て理解していた。
 あの日、あのときのことは、今でも彼女の頭から離れずにいる―――。



 突如耳に届いた爆音。それと同時に巻き起こった爆風。
 吹き飛ばされる木々や草花、水しぶきの隙間から、ヒルヴェルトは目撃していた。
 雑木林―――藪の向こう側に、僅かに覗かせていた小滝が、まるで焼き菓子かの如く呆気なく崩壊した様を。
 彼女自身、あの瞬間はあの爆発が何なのか、何も分かっていなかった。
 誰が起こしたものなのか、何のためのものなのかさえも解っていなかった。
 あのとき、傍にいたネフ族と部下の反応を見るまでは。






     
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