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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
23案
しおりを挟む「で、わしに何のようなのさ? 処方してる飲み薬が切れたとか?」
いかにも、つまらなそうな顔を見せているチェン=タン。
重要な援助者を後にして、集中力が欠けてしまっているというのもある。
椅子の背もたれに背中を預け、椅子を斜めにさせながら此方を見ていた。
膨れっ面でめんどくさそうな態度は、まさに子供のようだ。
「貴方に聞きたいことがあります」
「なに?」
と、ヤヲはコートのポケットからある紙切れを取り出す。
丁寧に折りたたまれていたその紙切れにはこの近隣を示した地形や町の名が描かれている。
それは、ヤヲがアジトからこっそりと調達してきたこの近辺の地図だった。
「貴方が僕を拾ったところが何処かを教えて欲しくてきました」
「え…?」
驚いた声を上げたのはリデの方だった。
彼女は困惑めいた…疑問符の浮かべた声を上げた。
「覚えてないよ」
興味なさそうに即答された言葉。
その手のひらは小動物を追い払うかの如く、ひらひらと泳がせている。
「伝には地図を見る習慣はありませんし、何よりあの隠れ里から出たことがなくて…ほとんど地理も知りません。だから、貴方が頼りなんです」
懇願の瞳を向けるヤヲ。が、それでもチェン=タンに答える素振りはない。
それどころか、開き直ったように口を尖らせて見せると、「だって知らないもん」と肩を竦めた。
「知らない…?」
「そ。助けたことは助けたけどさ…わしだって連れてかれただけだもん。だから知るわけないじゃん」
知らない?
連れてかれた?
一体誰に?
彼の言葉に次々と浮かぶ新たな疑問。
しかしそれを尋ねたところで、この男が口を開くことはないだろう。
そう思い、ヤヲは静かに顔を俯かせた。
「…そうですか」
それだけ告げるとヤヲは何も言わず、飛び出るように部屋を後にした。
「ちょっと待って!」
「ばいば~い」
リデの呼び止める声と、陽気なチェン=タンの声が背後から聞こえてくる。
だがそんな二人の言葉へ返す暇もなく。
ヤヲの頭では当てが外れた焦りからか、様々な思考が駆け巡っていた。
(まさか何も知らないとは予想外だった…じゃあどうすれば良いのか…そもそも彼を連れて行った人物とは誰なんだ?)
と、そう考えたところで、先ほどの男がヤヲの脳裏に過る。
白尽くめの衣装に仮面を被った、不可思議な風貌の男。
『なるほど』
男が洩らした言葉も、ヤヲには引っかかるものがあった。
「まさか…彼、なのか…?」
そう思い当たり、ヤヲは思わず足を止めた。
もしそうならば、今度はチェン=タンにあの男の行方を聞かなくてはならない。
急ぎヤヲは研究室へ戻ろうとした―――そのときだ。
「……ねえ。助けられた場所って…貴方が暮らしていた隠れ里なの?」
リデの掌がヤヲの肩口を掴んだ。
気付けば彼は雑木林の中にいた。
慌てて追いかけてきたのか、リデの息は少しばかり荒く。
勝手に置いていかれたことに、少なからず憤りの色が窺えた。
「え、ああ…そうだよ」
包帯の下から感じる視線。
ヤヲは思わず目を逸らす。
「―――仲間を、弔いに行きたくなったんだ」
それは咄嗟についた嘘だった。
本当は『恋人の生死を確認する為。それで自身の復讐心を改めて確認したい』なんて、素直には言えなかった。
恋人の話を出してしまえばきっと、リデを彼女と重ねてしまうという屁理屈まで、話してしまいそうだったからだ。
「…普段は冷血漢っぽいのに…貴方って本当は真面目で優しいのね」
ため息交じりに聞こえてきた言葉。
彼女の言葉に、ヤヲは静かに眉を顰める。
恋人の敵を討つため―――忘れられない憎しみを晴らすために、仲間を捨て髪も目も真っ黒に染めた。
更には組織さえも利用しよう目論んでいる。はずだった。
だが、結局はそんな決意すらも簡単に揺らいでしまう。
本当は優しくも真面目でもない。自分のことで手一杯なだけの、情けない弱い男なのだ。
元より、こんな男が仲間たちを弔う資格すら、ないはずなのに。ヤヲは思っていた。
「―――でも…少しだけ、気持ちはわかるわ」
と、リデの口元が緩む。
彼女は少しばかり悲しい声で、言った。
「墓がないと…そこで生きていたはず人たちのこと、忘れてしまいそうになるものね」
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