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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

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 階段を下り終え、アジト内に入るとニコとリデは早速訓練室へと向かう。
 彼女たちと別れたヤヲはというと、そそくさと自室へ戻っていった。
 辿り着くなり迎えてくれる冷たい扉、冷たい空気。そして、暗い室内。
 ヤヲは雨で濡れたコートを脱ぎ捨てるなり、ベッドに倒れ込んだ。
 先刻は久々の外気に感動すらしていたヤヲであったが、こうして暗い室内に戻ってみると、ここの方が落ち着くことに気付く。
 薄暗く冷たい暗夜のようなこの場所が、今やヤヲにとって安らぎの場所となっていた。

「住めば王都…と、書物にあったが…慣れればこんな場所でも快適ということか……」

 不意にそんなことを呟き、ヤヲは静かに瞼を閉じる。
 少しだけ休んでから。
 そう思い彼は眼鏡を外すのも忘れて、つい眠りこけてしまった。












『―――ねえ、キ・シエは今幸せ?』

『突然どうしたんだい…?』

『幸せを感じてるときって、人は自然と笑ってるもんだって聞いたから』

『…本当は複雑な気持ちではあるけれどね…』

『どうして?』

『こうしている間にも、生きることも許されず追われ苦しむ仲間イニムがいると思うと…こんな幸せを感じていて良いのだろうかって―――』

『フフ…やっぱりキ・シエは真面目で優しい人ね。私なんて家族と一緒にずっとごはんが食べられますようにって願ってるのに』

『ごはんがキ・ネカにとっての幸せなんだ』

『ごはんと家族! って、言いたいことはそうじゃなくて。キ・シエって優しい人で…それで真面目過ぎてるって話よ』

『真面目過ぎ、かな…?』

『そう。色々考え過ぎ、それで責任感じちゃってる…それだと…ただ苦しくなるし疲れるだけよ』

『そんなことは、ないよ』






 ―――嘘よ。だって今貴方は苦しんでるでしょ?

 だから、もう……私のことは、忘れてよ?












 飛び起きるようにして、ヤヲは目を覚ました。
 冷えた部屋だというのに、身体は何故か汗ばんでいて。
 嫌な夢を見たと、頭では認識しているのにそれがどういった内容だったのかは、もう覚えていなかった。
 懐かしかった声と顔を見たような気がしたが、目覚めた今となってはそれももう何も思い出せなかった。

「―――しまった…」

 と、ヤヲはそこでようやくやらかしてしまったことに気付く。
 彼は慌ててベッド傍に置いてあった懐中時計に視線を向けた。
 この時計というものはイニムには存在しなかったものであるが、空色を伺えないこの地下アジトにおいては重要な品物でヤヲも重宝していた。
 その時計が示す時刻は、二人と別れてから既に5時間近く経過していた。
 随分と熟睡してしまったものだと、軽く後悔しつつ。
 ヤヲは寝癖もそのままに、急いで訓練場へと向かった。
 もう二人が待っているような時刻ではない。
 だが、それでもせめて行くだけ行かなくては。そして後でしっかり謝罪しなくては。そんな心情でヤヲは走っていった。







 鉄製の両扉を開けると、訓練場内はすっかり暗くなっており、照明は消されていた。
 汗と鉄と様々な感情が含まれた臭い。
 それに顔を顰めながら、ヤヲはため息をついた。
 と、そのときだ。

「―――遅いわね。5の刻くらいは遅刻しているわよ」

 声が聞こえ、ヤヲは慌てて振り返った。
 扉から零れる明かりによって僅かに伺える人影。
 その人影―――リデに、ヤヲは眉を顰めながら尋ねる。

「まさか、ずっと待っていた…のか?」

 壁際に寄り添い座っていたリデは、ゆっくりと立ち上がりヤヲへと歩み寄る。

「ニコがどうしても待つって言って…きかなくて」
「その彼女は…?」

 ヤヲがそう尋ねるとリデは訓練場の奥を指差した。
 通路から零れる光を頼りに視線を移すと、そこには熟睡しているニコの姿があった。
 彼女には丁寧に毛布が掛けられており、静かに寝息を立てていた。






    
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