上 下
187 / 299
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

9案

しおりを挟む
    





   
 正午。
 研究室はようやく綺麗になったものの、チェン=タンは相変わらず落ち着かない様子でいた。
 椅子の上で正座をし、終始そわそわしている。
 常連客とはいえ、1年ぶりだというのだからそれも無理はないかもしれないが。
 と、そんな中。雑木林の向こうから人影が見えた。
 その人影は迷うことなくこの一見廃墟としか見えない研究所へと近付いてきている。
 町から随分外れた森林にあるこの場所は、見つけること自体まず容易ではないらしく。
 そんな辺鄙な此処へ来られるということは、まず間違いなく顧客というわけだ。
 窓から覗き込み、キ・シエはそんな来客だろう者たちを観察する。

(四人…か……)

 彼らは茶色のコートで全身を覆い、フードで顔を隠していた。
 彼らがどれほどの力量なのか。
 そして自分の力量がどれほどのものなのか。

(僕に倒されるならばその程度…でも、もし違うのならば……)

 キ・シエは左手を力強く握る。
 間もなく、研究所の扉がノックされた。




「はいはーい。開けて開けて」

 チェン=タンは嬉しそうな声を上げ、キ・シエに扉を開けるよう促す。
 キ・シエはドアノブを握り、ゆっくりと扉を開けた。
 左手は直ぐにその者の喉元を狙えるよう、ひっそりと構えながら。
 チェン=タンには悪いと思いつつも、彼は現れた来客目掛け、義手のナイフを突き出した。

「―――ッ!?」

 素早く伸ばした左手は間違いなく来客の喉元を狙った。
 が、手応えはなく。
 空を切っただけだった。
 気付けば目の前の人物は消えている。
 直後、辺りを探す間もなく感じた殺気。
 キ・シエは瞬時に扉の影へ隠れる。
 と、次の瞬間。
 彼の立っていた場所にナイフが飛ばされ、扉に突き刺さった。

「え、な、何?」

 突然の出来事にチェン=タンは一人、何事かと目を丸くする。
 しかし、動揺する彼を他所にキ・シエは更に攻撃を続ける。
 彼は扉を大きく蹴り倒すと同時に、仕込みナイフを来客者目掛け投げた。
 来客者たちは驚く様子もなく、瞬時に四散しナイフを避ける。
 その内の一人は後退の際にフードが捲れた。



 その人物は口元以外、顔面中に包帯を巻いていた。
 身体つきから恐らく女性と思われるその人物は、目元まで包帯が覆われているにも拘らず、的確にキ・シエへ反撃する。
 彼女がコートの袖から素早く投げたが、的確にキ・シエを狙う。
 が、キ・シエは瞬時に義手である左腕でらを弾いた。
 金属音を響かせ落ちていくは、どうやらナイフ程の長さはある針のような暗器だった。

「貴様、いい加減に…!」

 来客者の一人―――包帯女の仲間が明らかな苛立ちに声を荒げる。コートこそ羽織っているが、外見は大柄で低音の声から中年程の男と思われた。
 が、そんな苛立つ男を、別の仲間が「待て」と制止する。
 その言葉を聞いた大柄の男は制止しようとした手を戻す。
 男の介入を止めたその仲間は低い声で、ひっそりと笑みを零し二人の戦闘を静観する。



 次々と投げられる暗器針。それを的確に弾き返すキ・シエ。
 と、針が切れたのか包帯女は距離を取るべく突如大きく飛び退いた。
 その隙をキ・シエは逃さず追撃する。
 右手で義手を引っ張ると、手首から先が分断されロープが姿を現す。
 鎖鎌の如くキ・シエはそれを振り回し、包帯女目掛け投げつけた。
 即座に気付いた彼女であったが避けきれず。かぎ爪のような左手が女の足へと絡まった。
 だが彼女は捕えられた足をそのままに、もう片方の足で方向を転換し、キ・シエの懐へと飛び込んできた。
 ロープを手に持つその様は逃がさないと言っているようで。
 現にキ・シエはロープで繋がっている義手を掴まれたため、逃げることが出来ない。
 と、彼はそこでようやく。その女の髪の毛が青色であることに気付いた。

 




イニム…)

 懐かしい同族の髪色。
 捨てたと思っていた感情が一瞬だけ、揺らぐ。
 だが、今のキ・シエに彼女を同族と言える資格はなかった。
 復讐を誓い、黒色の瞳を得たあの日。キ・シエは瞳と同様に髪の色も変えてしまった。
 エナ石の特性を利用してチェン=タンが開発したという人工エナ石を胸元に装着させたことで、彼の髪は青色から漆黒へと変色していた。装着されたエナ石は故意にそうしなければ、そう簡単には壊れない。つまり、彼の髪の色はそう簡単に戻ることはないということだ。
 こんなことまでしてイニムを捨てた自分に、もう一族を名乗ることなど出来るわけがない。
 そう思ったキ・シエは口に出すことを止めた。






    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした

星ふくろう
恋愛
 カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。  帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。  その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。  数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。    他の投稿サイトでも掲載しています。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

決して戻らない記憶

菜花
ファンタジー
恋人だった二人が事故によって引き離され、その間に起こった出来事によって片方は愛情が消えうせてしまう。カクヨム様でも公開しています。

処理中です...