185 / 307
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
7案
しおりを挟む「……貴方は、一体何がしたいんですか…?」
怒りを押し殺しながらキ・シエは茶を啜る青年を睨む。
すると青年は椅子に胡坐をかいたまま、にっこりと笑った。
「ワシ? ワシは天才エナ博士。名前はチェン=タン。好きに呼んで良いよ」
「そんなことではく…貴方は何故僕を生かしたんですか……これならば…いっそのこと、皆と共にあの場で息絶えていた方が…良かった」
募る感情は目の前の軽薄な青年―――チェン=タンと名乗った彼へと向けられる。
だが、キ・シエの憤りを他所にチェン=タンは喉を鳴らすように笑う。
その笑いはキ・シエに更なる憎しみを煽る。
と、チェン=タンはそんなキ・シエへ指を指した。
「そうそうその顔が良いの。知り合いが面白い人間を見つけたって聞いてね。行ってみたらホント面白そうだった。だから助けたわけ」
そう言いながら彼は笑みを止めない。
キ・シエは怪訝な顔でチェン=タンを見つめる。
「面白い、とはどういう…意味ですか」
「復讐心ってやつ? 君、抱いてるでしょ? ワシはそんな人間の手助けするのが好きなのよ」
復讐心。
その言葉にキ・シエの鼓動が高鳴る。
図星ではあった。
この溢れ続ける怨嗟の全てを、ぶつけたい相手がいる。
脳裏に焼き付いて離れない憎き相手が、彼にはいる。
「人間は限界を超えられるんだよ。復讐に取り憑かれたときって。だから興味が尽きないの」
だから先ずは君の目を蘇らせた。
チェン=タンはそう言って笑う。
彼の言葉にキ・シエは改めてこの景色を焼き付けながら尋ねる。
「まさか…この目は貴方が…?」
「そうそう! 君の眼球ダメんなってたから。義眼に替えたの」
「ギガン…?」
それは聞いたこともない言葉で、キ・シエは顔を顰める。
すると此方の疑問符を読み取ったのか、チェン=タンはかいつまんで説明をした。
「ニセモノの目ってこと。でもね、エナの力を使ってね、本物の目と同じく出来るのよ。これ、ワシだけの発明ね」
「エナ―――晶のことですか?」
晶が様々な奇跡を起こす力であることは聞いていた。
だがそれがこんな技術にまで及んでいたことにキ・シエは純粋に驚く。
確かにこんな力があれば、人々の文明は更に飛躍し発展し続けることも可能だろう。
だが。だからこそそれはキ・シエの―――伝の教えに反するものであり、賛同できかねるものだった。
「晶は人を見守るべくある神聖な大地の力…容易く扱って良いものではありません」
「ま、ネフ族の考えだもん。そりゃそう言うよね」
あっさりと返された言葉が。何よりも『ネフ族』という蔑称が、キ・シエを締め付ける。
「でもね、エナは凄いんだよ。凄いのはワシもなんだけど」
チェン=タンは紅茶を飲み干すとポケットからあるものを取り出す。
そしてそれをキ・シエの方へと軽く投げた。
キ・シエは慌てて右手で、それを掴み取る。
掴んだ拍子に走る全身の痛みを堪えつつ、彼はそれを見た。
「それ、エナ石なの」
それは指先程度の大きさの、至って普通のガラス玉のようだった。
「もしや…晶石のことですか…?」
高濃度の晶が結晶となったもの。それを晶石と呼び、それは晶を吸収する力があると伝では云われている。
事実、皆が避難したあの洞穴も晶石で造られたものであり、本来ならばその力を借りて外敵から身を守る堅牢な場所となるはずであったのだ。
「へえ、ネフ族じゃあそう呼ぶの。あ、でもそれ君たちの知るのとはちょっと違う。いわゆる『人工エナ石』っての?」
「人工…?」
チェン=タンの話によると、このエナ石は自然界に存在する結晶体ではなく、彼が独自の技術によって生み出したものなのだという。
更にその使用方法が少しばかり違っていた。
「このエナ石一つあればね。誰でも思いのままに色んなことが出来るの」
そう得意げに語るチェン=タン。
彼の言葉によれば、この『人工エナ石』があれば大昔に廃棄されたという『エナ』を利用した移動手段や調理方法、食品の保存方法など、様々なことが容易に可能となるのだという。
「勿論この部屋の明かりも、君の義眼も『人工エナ石』で賄われてる。凄いよね、エナもワシも」
喉を鳴らし笑うチェン=タンの一方で、キ・シエは顔を青ざめていった。
「古の人々は晶…エナの危険性に気付いたからこそ使うことを止めたというのに…再びその禁忌に触れるということは神の怒りを受けることになりますよ」
伝の教えとしては、そういうことになる。
エナは傍にあるものだが、安易に手を出してはいけないもの。
一族の存亡に関わるとき以外、利用してはいけないと云われていた。
キ・シエは伝としては当然の考えを脳内で繰り返す。
だがしかし。そう思えば思うほど。別の言葉が、別の何かが、彼の頭の片隅で語り掛けてきている。
「心配しなくてもワシの技術は今の時代にはまだ早すぎるってさ。それに、禁忌に触れたからこそ、君にはチャンスができたんだよ」
チェン=タンは純粋な笑みを浮かべる。
同年代とは思えない、幼い子供のような笑顔。
その顔で、彼はキ・シエへと囁く。
「君は恨んでいる相手に復讐できちゃうんだよ」
キ・シエの瞳が、再び大きく揺れ動く。
復讐―――キ・ネカたちの恨みを、悲しみを晴らす。
そのためにキ・シエはあの女軍人を見つけ出さなくてはいけない。
偽りの慈悲を見せつけて、騙し討ちをしてきたあの女だけでも絶対に討ち果たしたい。
その一心だけが、彼を別の向きへと突き動かす。
「エナのおかげで君は生きて思ったことができる。そう思ったら素敵じゃん」
囁かれる甘言に、キ・シエの心は揺れ動く。
だがそれはエナの力を借りる、ということに対してであり。
彼の中では既に結論は出ていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。
松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。
全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
悪妃の愛娘
りーさん
恋愛
私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。
その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。
そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!
いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!
こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。
あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる