そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

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「凄いっすねー、あの威力…いや、やべーやべー」

 場に似合わない軽率な口振りでやって来た男―――彼もまた女性軍人と同じ衣装を纏っていた。
 笑みすら浮かべている男へ、女性軍人は声を荒げる。

「お前は…一体何をやったんだ! 兵器は持つことさえ許されぬはずだ!」

 現れた男性軍人へと近付くなり、彼女はその胸倉を掴む。
 が、当人はそれに動揺する素振りもなく。
 へらへらと笑いながら答える。

「いやいや兵器じゃありませんよー。最先端のエナ技術らしいですよ、これ」

 そう言うと男は懐から白い包み紙を取り出して見せた。
 傍から見ればその中身は、ただの飴玉にしか見えない。

「一見子供が好きそうな飴玉なんすけど、でもこの中にはエナ石が入っているとかで。エナ石なんて口に入れただけで猛毒なんですけど…面白いのがこの飴玉を口に含んだ状態で冷水を飲んじゃったら……」

 ボンッ。
 男は楽しそうな顔でそう語る。
 一方で女性軍人は知らされていなかった凶器の悍ましさに顔面蒼白となる。

「つまり…お前は、それを……子供に与えたのか…?」
「子供って純粋ですからね~。『お兄ちゃんは味方だよ』って言ったら疑うことなく素直に受け取ってお礼まで言ってましたよ」
 
 男はそう言って無邪気に笑う。
 女性軍人は目の前の部下が犯した凶行に、力が削がれていくようだった。
 思わず掴んでいた胸倉を離してしまい、立っているのもやっとであった。

「そもそも、これはヒルヴェルト副隊長の責任でもあるんですよー」

 淡々と、無情に吐き捨てる男を、女性軍人―――ヒルヴェルトと呼ばれた彼女は睨みつける。

「どういう意味だ…?」
「ネフ族は駆逐が暗黙の掟なのに、最近うっかりと女子供を逃がしちゃってますよね? だからエナ技術研究者が見兼ねてこういった“技術”を提供してくれたんですよ」

 どうせ隊長や貴女に手渡しても使ってくれないだろうからって、自分に託したんですけどね。
 男性軍人はそう付け足す。
 爆発の水飛沫を受け濡れた彼女の身体は、身震いが出るほど異様に冷めていく。

「もういい…これ以上何も喋るな」
「えー、何でですか? ヒルヴェルト副隊長も見たでしょ? あのすんごい爆発! あれを見ちゃったらヒルヴェルト副隊長だって流石に楽だなーって思いませんか? 何たってネフ族が一網打尽なんだから…」

 尚もしつこく語る男性軍人。
 彼としてはその武勲を称賛してもらいたいのだろう。
 ネフ族を一人屠るだけで恩賞が与えられるのだから。
 だが、ヒルヴェルトにとっては耳障り以外の何ものでもなかった。

「だから! これ以上もう何も―――」

 そう言って彼女は男性軍人の口を止めようとした。
 が、彼を見た直後。目を疑うような光景が起こる。




「―――お前がぁぁッ!!」

 二人の目前にはいつの間にか、先ほどまで虫の息となっていたネフ族の男がいた。
 そして、彼はヒルヴェルトたちが動くよりも早く、男性軍人の懐に飛び込んでいく。

「なっ…!?」

 部下の名を呼ぶ暇も与えられず、男性軍人は首元を斬られた。
 悲鳴も上げられず、彼はその場に崩れ落ちる。
 ネフ族の男の手にはまるで剣のように鋭く尖った石が握られていた。
 
「そんな体力…何処にっ…!」

 が、男の意識はほとんどない状態のようだった。
 その紅い双眸からは、鮮血が流れていた。
 先刻の爆発によって負傷したものと思われた。

「お前は、お前らは……!!」

 鋭利な凶器はヒルヴェルトにも向けられた。
 怒りに身を任せ、震えるその拳を彼女へ叩きつけようとした。
 が、しかし。
 彼はそこで力尽きた。
 男の怒りはヒルヴェルトには届くことなく、プツンと糸が切れたかのように倒れてしまった。

「…ネフ族には稀に人知を超えた力を使ってくる者もいた…と、噂に聞いていたが、これがそうだったというのだろうか……」

 そうだとすれば、確かにネフ族というのは危険性の高い少数民族であると言える。
 だが、そうだとしても―――。
 彼女がそんなことを思い耽っていたときだ。

「ヒルヴェルト副隊長!」

 別の部下が駆け寄ってきて我に返る。

「ダントン!? それに…ネフ族…!?」

 横たわる同僚とネフ族に驚き目を丸くさせる部下。
 彼は即座に仲間を抱きかかえ生死を確認する。
 しかし既に絶命状態であると察すると、彼は同僚だった男を優しく地面へ下した。

「ネフ族に返り討ちにあった…責任は私にある」
「そ、うでしょうけど…」
「任務は完了した。これより駐屯地へ戻るぞ」

 何か言いたげに口篭もる部下の軍人であったが、それを口に出すことは出来ず。
 同僚を再度抱え直し、先を歩き出す女性軍人へと続く。

「あ、あの…あそこのネフ族、まだ息があるようですが…?」

 と、部下の言葉に彼女は足を止める。
 その方へ視線を向けると、確かにネフ族の男はまだ僅かに息をしているらしく。
 生きているようであった。

「……問題ない。既に虫の息だ。放っておいても直に息絶える」

 女性軍人はそう言うと再度踵を返し、足早にその場を去って行く。
 足音は、次第にネフ族の男―――キ・シエから遠ざかっていった。






   
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