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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

98連

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 彼の言う通りではあると、瞬時にフェイケスは思う。
 先刻、エミレスがその力を扱うところを彼も目撃していたからだ。
 兵器も用いらずに容易く、鉄製の柵をへしゃげさせた強大な力。
 それを意のままに操ってみせた。
 あの頃のひ弱なエミレスであれば、今でも精神的に追い詰めることも可能だっただろう。
 だがもう、あの頃の彼女とはまるで別人になってしまっていた。
 その原因があるとすればそれは―――。
 と、フェイケスは小さく笑った。

「そうか………ようやく理解した。この感情の正体が…」

 そう言うとフェイケスは二人に刃を向けたまま、口を開いた。




「―――俺は、お前がずっと妬ましかったんだ。我らの神に最も近しい力を得ていると言うのに…何も知らず呑気に生きていたお前が…俺には持っていないもの全てを手に入れているくせに、それを知らずに生きていたお前が……」




 ずっとずっと、心の奥底で抱いていた感情だった。
 何も知らず微笑む彼女の顔を見る度に、その感情を押し殺し、だが心の奥では炎の如く燻り続けていた。
 それに気付かないよう接し続けた中、ようやく作戦は決行された。
 やっとこの気持ちから解放されると、楽になれると、心の何処かで思っていた。
 そして、彼女の力が暴走された瞬間、やっと彼女は堕ちたのだと思った。
 そのまま堕ちて、全て失ってしまえと願っていた。
 彼女が消滅することで、ようやくこの感情は消えるのだと思っていた。
 ―――はずだった。
 だが、その願いは叶わなかった。
 だから、彼は今度こそそれと決別をするべく、彼女を此処に呼んだ。




「……これで満足か?」

 フェイケスの言葉に、エミレスは静かに頷く。
 自身の気持ちを語った彼は何処か憑き物が落ちたようで。
 何処か笑っているようにも、エミレスには映った。

「フェイケス―――」

 と、彼女が口を開いたその瞬間。
 フェイケスは屋上の縁の上に立った。
 以前とは違い、彼はロープに繋がれてはいない。

「ならば今度こそ投了だ。もう、思い残すことはない……」
 
 王城よりも高さはなくとも、飛び降りれば一溜りも無い。
 何より、この真下には侵入者対策に設置している鋭い鉄柵が並んでいた。
 突き刺されば命は無いだろう。
 しかし、近付こうにもフェイケスは一向に剣先を二人へ向けて下そうとしない。

「待て!」
「いや…!」

 ラライは制止の声を上げ、エミレスは悲鳴を上げた。
 と、気付けば彼女は無我夢中で駆けていた。
 だが――遅かった。
 フェイケスは背中に体重を掛け、その身体は宙に投げ出されていた。 




「止めてーーー!!」
「エミレス!」

 エミレスはフェイケスを追うように駆け、縁から飛び降りた。
 夢中だったために躊躇も怯えもなかった。
 ただただ、彼を助けたかったのだ。
 助けられるのは自分しかいないと、エミレスは無意識に思ったのだ。

「無茶にもほどがあるだろ…!」

 無謀とも果敢とも取れるエミレスの行動に、ラライは手を出せなかった。
 否。
 手を出してはいけないと、反射的に思ってしまった。
 彼が―――フェイケスが飛び降りる際に見せた刹那の表情から、ラライは悟ってしまっていた。
 その先で仮にどんな結末が待っていたとしても、自分はそこに手を出してはいけない、と。
 何よりも、彼女を信じると誓った自分が彼女を信じなくてどうするのかと。

「アイツ…まだ確証もなかったのに…!」

 次の瞬間、縁の向こう側から眩い閃光が放たれる。







 フェイケスはまるで優しく温かな腕に抱かれている感覚を抱いた。

「ここは天国ノモ…か…」

 眩い輝きにより、いつの間にか閉じていた瞼。
 彼はおもむろに目を開けた。
 眼前には淡く輝く白光の空間が広がっている。
 と、視界から現れた此方を覗き込む顔。

「良かった…」

 エミレスが何故かそこにいた。
「な、何故お前が…!?」

 安堵の息を洩らす彼女の一方で、フェイケスは目を丸くさせる。
 咄嗟にエミレスを払おうと手を出した。
 が、彼女に届くことはなく。
 逆にフェイケスの身体は勝手に彼女から遠退く。

「何だこれは…!?」

 そこでフェイケスはようやく、自分のいる空間の謎に気付く。
 何処が上か下かもわからないような、何処までも真っ白な空間。
 体は水中にいるかのような感覚で、しかし呼吸は出来る。
 身体を泳がせなければまともに進むことも出来ない―――不思議な空間の中に、フェイケスはいた。

「まさか…エナの力、なのか……」

 改めてフェイケスはエミレスに視線を向けた。
 彼女は笑みを返した。
 はにかむような、悲しみを隠すような、そんな笑みを。






    
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