そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

95連

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 スティンバルたちは生存者がいないかと屋敷の隅々まで確認しつつ、かつ慎重に奥へと進んでいた。
 生憎と生存者はおらず、発見された白装束の男たちは皆同じように事切れていた。
 だが彼らの目的はそれだけではない。
 スティンバルには目指している部屋があった。
 それは二階奥にあるというリョウ=ノウのプライベートルームだ。
 エミレスの話では元々客室であった部屋を、リョウ=ノウが願い出たため彼の自室としたものだった。

「この部屋に…」
「おそらく、リョウ=ノウとベイル様もおられるかと…」

 そう囁いた後、ゴンズは扉へと耳を寄せる。
 その向こうは静寂としており、物音一つ聞こえてこなかった。
 しかし間違いなく気配は感じる。

「スティンバル様…」

 ゴンズはスティンバルを一瞥し、指示を仰ぐ。
 静かに深呼吸をしたスティンバルは、合図を送った。
 直後、兵士たちは一斉に扉を強く蹴破り、同時に剣を構えた。

「大人しくしろ!」

 室内には床で倒れ込んでいるリョウ=ノウとソファに座るベイルがいた。
 呆然とした様子で、剣先を向けられているというのに彼らには動揺すら感じられない。
 まるで抜け殻のようであった。

「リョウ!」

 ゴンズは声を荒げ、彼に歩み寄った。
 虚ろげな視線は呼びかけた男を静かに捕らえる。

「…お前か」
「何故、お前がこんなことを…!」

 倒れていたリョウ=ノウの胸倉に掴みかかるゴンズ。
 古い友人の忘れ形見であった彼らは、顔を合わせなくともゴンズにとっては大切な存在であった。
 しかし、最後に面と向かって会ったのは何年前のことか。
 今目の前にしている青年は、あの温厚だった頃から随分と変わり果てたようにゴンズには見えてしまう。

「何故ってさ…お前ならわかるじゃん?」

 リョウ=ノウはそう言うと喉の奥を鳴らし笑う。

「やはり…父親の敵討ちか…」

 ゴンズは顔を顰める。

「父さんは偉大だった…エナの研究やエミレスなんて知ったこっちゃなかったけど…僕の誇りだったんだ!」

 リョウ=ノウはゴンズを睨み、そして声を荒げる。
 その手には黒色の駒が握られている。

「なのに城の人間は全部父さんのせいにした…父さんにあの頓馬が犯した罪をなすり付けた……そのせいで…父さんは忘れられていった! あんなに凄かった父さんを!! 僕の…大好きな、父さんを……」

 悲痛な叫びを上げる彼の目からは涙が溢れ出ていた。
 まるで子供のように泣きじゃくるリョウ=ノウを見つめるゴンズは、静かにその手を放した。

「儂の存在がエミレス様のあの日の記憶を呼び起こすかもしれないと…お前らとも極力距離を置いていたが、儂がすべきは見守ることではなく……ばか弟子のようにお前たちに手を差し伸べることだったのやもしれん。そうすればリャン=ノウが命を落とすことはなかった…」




 その顰めた表情はリョウ=ノウに対するものではなく、ゴンズ自身に対する怒りや苛立ちの表れだった。
 もっと早くこの子の孤独に気付いていれば。
 もっと早くこの子たちを導いてあげていれば。
 こんな結末にはならなかったのかもしれない。



 しかし、ゴンズの同情心を他所にリョウ=ノウはくつくつと笑い一蹴する。

「父さんじゃなくあんな頓馬に肩入れするリャン馬鹿なんてさ、死んで当然なんだよ」

 ゴンズはその様子を見て、言葉を失う。
 すっかり壊れてしまっている彼の心に、その流れる涙の理由も知らない子供に、掛ける言葉が見つからなかった。

「……ふふ、ふふふ、それにさ…僕には、さ……とっておきがあるんだよ…」

 おもむろに口を開き、リョウ=ノウはそう言った。

「フェイケスに貰ったんだ。いざという時、これがあれば神様が助けてくれるんだって…」

 武器らしきものを所持していないという油断が、ゴンズに大きな隙を生んだ。
 兵器かと瞬時に周囲へと気を配ったが、それも間違いであった。
 リョウ=ノウの切り札は、その手にしていた黒色の駒だった。

「さあ…神様、僕に奇跡を…!!」

 片手で先端の装飾を外すとリョウ=ノウはその駒を口に付けた。
 それはただの駒ではなく、瓶だったのだ。
 ゴンズが手で払うより早く、リョウ=ノウは瓶の中に入っていた液体を迷うことなく飲み干した。








   
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