167 / 324
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
95連
しおりを挟むスティンバルたちは生存者がいないかと屋敷の隅々まで確認しつつ、かつ慎重に奥へと進んでいた。
生憎と生存者はおらず、発見された白装束の男たちは皆同じように事切れていた。
だが彼らの目的はそれだけではない。
スティンバルには目指している部屋があった。
それは二階奥にあるというリョウ=ノウのプライベートルームだ。
エミレスの話では元々客室であった部屋を、リョウ=ノウが願い出たため彼の自室としたものだった。
「この部屋に…」
「おそらく、リョウ=ノウとベイル様もおられるかと…」
そう囁いた後、ゴンズは扉へと耳を寄せる。
その向こうは静寂としており、物音一つ聞こえてこなかった。
しかし間違いなく気配は感じる。
「スティンバル様…」
ゴンズはスティンバルを一瞥し、指示を仰ぐ。
静かに深呼吸をしたスティンバルは、合図を送った。
直後、兵士たちは一斉に扉を強く蹴破り、同時に剣を構えた。
「大人しくしろ!」
室内には床で倒れ込んでいるリョウ=ノウとソファに座るベイルがいた。
呆然とした様子で、剣先を向けられているというのに彼らには動揺すら感じられない。
まるで抜け殻のようであった。
「リョウ!」
ゴンズは声を荒げ、彼に歩み寄った。
虚ろげな視線は呼びかけた男を静かに捕らえる。
「…お前か」
「何故、お前がこんなことを…!」
倒れていたリョウ=ノウの胸倉に掴みかかるゴンズ。
古い友人の忘れ形見であった彼らは、顔を合わせなくともゴンズにとっては大切な存在であった。
しかし、最後に面と向かって会ったのは何年前のことか。
今目の前にしている青年は、あの温厚だった頃から随分と変わり果てたようにゴンズには見えてしまう。
「何故ってさ…お前ならわかるじゃん?」
リョウ=ノウはそう言うと喉の奥を鳴らし笑う。
「やはり…父親の敵討ちか…」
ゴンズは顔を顰める。
「父さんは偉大だった…エナの研究やエミレスなんて知ったこっちゃなかったけど…僕の誇りだったんだ!」
リョウ=ノウはゴンズを睨み、そして声を荒げる。
その手には黒色の駒が握られている。
「なのに城の人間は全部父さんのせいにした…父さんにあの頓馬が犯した罪をなすり付けた……そのせいで…父さんは忘れられていった! あんなに凄かった父さんを!! 僕の…大好きな、父さんを……」
悲痛な叫びを上げる彼の目からは涙が溢れ出ていた。
まるで子供のように泣きじゃくるリョウ=ノウを見つめるゴンズは、静かにその手を放した。
「儂の存在がエミレス様のあの日の記憶を呼び起こすかもしれないと…お前らとも極力距離を置いていたが、儂がすべきは見守ることではなく……ばか弟子のようにお前たちに手を差し伸べることだったのやもしれん。そうすればリャン=ノウが命を落とすことはなかった…」
その顰めた表情はリョウ=ノウに対するものではなく、ゴンズ自身に対する怒りや苛立ちの表れだった。
もっと早くこの子の孤独に気付いていれば。
もっと早くこの子たちを導いてあげていれば。
こんな結末にはならなかったのかもしれない。
しかし、ゴンズの同情心を他所にリョウ=ノウはくつくつと笑い一蹴する。
「父さんじゃなくあんな頓馬に肩入れするリャンなんてさ、死んで当然なんだよ」
ゴンズはその様子を見て、言葉を失う。
すっかり壊れてしまっている彼の心に、その流れる涙の理由も知らない子供に、掛ける言葉が見つからなかった。
「……ふふ、ふふふ、それにさ…僕には、さ……とっておきがあるんだよ…」
おもむろに口を開き、リョウ=ノウはそう言った。
「フェイケスに貰ったんだ。いざという時、これがあれば神様が助けてくれるんだって…」
武器らしきものを所持していないという油断が、ゴンズに大きな隙を生んだ。
兵器かと瞬時に周囲へと気を配ったが、それも間違いであった。
リョウ=ノウの切り札は、その手にしていた黒色の駒だった。
「さあ…神様、僕に奇跡を…!!」
片手で先端の装飾を外すとリョウ=ノウはその駒を口に付けた。
それはただの駒ではなく、瓶だったのだ。
ゴンズが手で払うより早く、リョウ=ノウは瓶の中に入っていた液体を迷うことなく飲み干した。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。


王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話
ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。
完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?

私はいけにえ
七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」
ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。
私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。
****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

冤罪で追放した男の末路
菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる