そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

91連

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 話し合いの末、こうしている間にろう城と見せかけ脱出する可能性もある。とのスティンバルの一声により一行は別邸へと進行することとなった。
 街の外れにある別邸は遠目から見ても解るほどに、異様な空気に包まれていた。
 屋敷を囲う鉄製の柵は侵入者を拒む防壁となり、正門と裏門には巨大な砲台が置かれていた。
 様変わりしてしまったかつての我が家に、エミレスは驚愕する。

「酷い…」

 門前だけではなく、砲台はエミレスの部屋のバルコニーにまで置かれてあった。

「あの砲台は…王国建国時に使用禁止となり回収された型かと思われます。おそらく、アマゾナイト軍も所持はしておらんでしょう」

 目を細め、遠くから眺めるラドラス将が口を開く。
 アドレーヌ王国建国当時、負の対象であった戦争時代の兵器は悉く回収し廃棄された。
 後にその回収活動自体が禁止となり中断されてしまうが、史料によれば使用可能な砲台は現存していないはずだった。

「あれがある限り、迂闊に近付くことも叶わないか…」

 スティンバルは苦虫を噛み潰したような顔をする。
 改めて屋敷の奥を覗こうと目を凝らすも、全ての窓にはカーテンが掛けられており、内部を窺うことは出来ない。




「―――お兄様」

 と、エミレスは馬を降りるとスティンバルの方へと近付いた。
 今現在、彼女達は別邸から離れた場所にて距離を取っている。
 しかしいつ攻撃が飛んでくるかもしれない状況で、平然と動くエミレスにスティンバルは目を見開いた。

「何をしている。不用意に動けば砲弾が飛んでくるやも―――」
「どうしても、気になることがあるのです」

 エミレスはそう言うと屋敷の方へと視線を移す。
 
「流石に…静かすぎると思うのです……」

 確かに屋敷の周辺は異様な程、静まり返っていた。
 あの白装束の人影こそ庭先から覗き見えてはいたが、だとしても異様だとエミレスは感じていた。

「…確かに、我らを発見しているならば威嚇か何かしてきても可笑しくはない…なのに何の行動も見せて来ないと言うのは…」

 ただ、それが罠―――屋敷内に誘い込むことが目的という確率も捨てきれない。
 下手に屋敷に近づこうものなら、容赦なく砲弾や銃といった古代兵器が此方を狙って放たれるかもしれないのだ。
 判断に悩み、思案顔を浮かべ続けるスティンバル。
 そんな彼へ、いつの間にかエミレスの傍らにいたラライが口を開く。

「良い方法がある…賭けと言えば大博打かもしれんが…」

 そう言うと彼の視線はエミレスへと向けられた。

「エミレスの―――例の力を使って確かめる。この力について知ってる奴らならそれを見せつけただけで絶対に慌てるはずだ」
「なっ!?」
「なんと!?」

 スティンバルとゴンズは同じように目を丸くさせる。

「反対だ! 危険すぎる!」
「それに未知の力を使ってエミレス様に何かあればどうするんじゃ!?」

 二人が猛反対するのは最もであったし、エミレス自身も『自分の力』と考えただけで身体が硬直してしまっていた。
 しかし、ラライは至って真剣な目つきをスティンバルたちに向けて言う。

「色々反対なんは解ってる。ここにいる兵たちに見せることも良いとは思ってない。だがな…」
 
 そう言うとラライはその双眸をエミレスに再度ぶつけた。
 何時にも増して真剣な彼の眼に思わず彼女は顔を俯いてしまう。
 だがそれでもラライの視線は彼女から離れない。

「このまま一生封印した力のままで良いとも思えん。オレは…お前の力を『前国王を死に至らしめた呪い』なんてものにし続けて貰いたくないんだよ」
「ラライ、それと向き合うには流石に早過ぎるぞ…!」

 ゴンズは顔を顰め、ラライを制止するべく肩を掴もうとした。
 が、ラライはその手を拒み、払いのけると続けて彼女に言葉を投げかける。

「今この場でお前の力が活躍出来れば…人を傷つけるだけのものじゃねえって示せればお前はきっと、自分を好きになれる」
「でも…私……」
 
 蘇る記憶が、不安と恐怖を生んでいく。
 それに囚われていくエミレスは、その表情をみるみるうちに曇らせる。
 


 ラライの言葉は理解出来た。
 自分の力と向き合うべきなのは、彼女も理解していた。
 しかし、そう考えれば考えるほどに―――これまで逃げ続けてきた他人の目が。
 恐ろしい自分の力が。
 醜い自分の心が。
 これまでの嫌な記憶が。
 エミレスをがんじがらめに硬直させていく。


 

「心配するな…何かあればまたオレが元に戻してやるから。ここにいる奴らに見せつけてやろうぜエミレスの持つ『奇跡』を」

 ラライの手がエミレスの手を包む。
 冷たく震えていた手に重なる、力強い温もり。
 エミレスはようやく、ラライと視線を重ねた。
 彼の強く誇ったその双眸に、不思議と全ての負の感情がエミレスの中から消えていくようだった。

「……あの…」

 エミレスは静かに、しかし応えるように握り返した。

「あの……私、やって、みる…」

 未だ何処か気弱な、だが確かな前進だった。



 ゴンズは二人のやり取りを眺め、複雑な感情を抱いた。
 無茶を使用としているが故の憤りと、そして成長した二人への喜びだった。
 再会した時のエミレスは、あまりにも弱々しく脆く変貌しており、ゴンズのことさえも忘れていた彼女に人知れず衝撃を受けていた。
 そんな彼女の護衛を任じた弟子は、あまりにも不愛想で己の感情に棘を付けてぶつければ済むと考えて世を渡るようになっていた。
 だが、今此処にいる二人は、あの頃とはまるで違う。
 自分の意志をようやく見つけた王女と、相手を想う心をようやく知った少年と成った。
 そして、二人がこうも変われたのは、己の力だけではない。
 お互いにお互いと向き合えたからこそ、二人はこうして変わることが出来たのだろう。

「……見ておるか、リャン=ノウ…これがお主の望んでいた光景だろうに」

 人知れずそう呟くゴンズ。
 彼は静かに熱くなる瞼を隠した。






   
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