158 / 322
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
86連
しおりを挟む「エミレス様!! ご無事ですか!?」
それからほどなくして、ゴンズと数十名近い兵たちが姿を見せた。
武器を手にしていた彼らは直ぐにエミレスたちの無事な姿を。
そして、庭園入り口付近で倒れていたスティンバルを発見した。
「スティンバル様! 一体何があったんだ!?」
実際はただ気を失っているだけであり、その犯人はラライなのだが。
彼は進言することなく、話題を変える。
「それより襲撃の方はどうなったんだ?」
「ついさっき何処からか笛の音が聞こえてのう…撤退の合図だったらしく奴ら急に逃げていきおったわい」
合図を出したのはおそらくフェイケスだろうとラライは内心推測する。
「逃亡者たちを追跡中ではあるが…相当な手練れの連中だったもんでのう。振り切られる可能性が高いわい」
そう言ってため息をつくゴンズ。
本来、追跡に特化した部隊も国王騎士隊にはいた。
だがそうした部隊も含めた精鋭部隊は今、この王城に居ない。
そのせいで何もかもが後手に回ってしまい、王城はこのような窮地に追いやられてしまったのだ。
「さっきもその話をしてたが…部隊が遠征でもする日を狙って襲撃してきたんじゃないのか? 奴ら脱出経路どころか兵の服まで周到に用意してたぞ」
ラライはそう話しながら衛兵の甲冑を身に着けていたフェイケスを思い出す。
と、そこへ気を失っていたはずのスティンバルが声を上げた。
「おそらく、ベイルだ…」
兵士に支えられ、頭を押さえているスティンバルはラライを一瞥する。
彼はしれっとした様子で視線を背け、仕方なくスティンバルは話を続けた。
「元々部隊に遠征の予定などなかった。だとすれば考えられるのは急を要する事態が起こったから…」
しかし、そうだとしても国王に一報もせず部隊が総動員されることは早々ない。
可能性があるとするなら、それは国王に限りなく近い地位の人物が勅命として動かしたから。
そう話しながらスティンバルは顔を顰める。
考えたくはない事実に彼自身、動揺を隠せなかった。
「で、ですが…国王騎士隊を動かせるのはラドラス将やサンダース大臣も可能ですぜ?」
顔色を青白くさせたままのスティンバルへ、ゴンズは咄嗟にそう言う。
彼の心情を察しての擁護であったが、ゴンズ自身も内々には彼女しかないと確信していた。
何せ、何よりも国王を想い何が有ろうと真っ先にやって来る性格の彼女が、ここに未だ駆けつけていないのだから。
「私に気遣いは無用だゴンズ。城を攻められ妹も助けられなかった私に…今更妻に裏切られていたなど…当然の結果だ…」
今回の事件全てに責任を感じ、そう告げるスティンバル。
その悲痛な面もちは隠しきれておらず、ゴンズを含めた周囲の兵たちも思わず眉を顰めてしまうほど。
掛ける言葉も見つからず、空の色と同じ暗い空気が広がっていく。
と、静まり返ってしまったそんな中で、おもむろにエミレスが口を開いた。
「多分お義姉様は…ノーテルに行っていると思います」
彼女の言葉にいち早く反応したのはラライだった。
「それ言って良いのか…?」
ラライに支えられるエミレスは彼と視線を交え、しっかりと頷く。
「私を暴走させようとした方が言っていました…ノーテルで待つと」
「確かに…手を組んでいたとするなら、ベイルもそこで落ち合う可能性もあるか」
エミレスの言葉に、スティンバルはしばらく思案顔を浮かべる。
が、直ぐに顔を上げると彼はその場にいた兵たちへ命令を出す。
「お前たちは被害状況の報告と城の復旧作業に取り掛かってくれ。それと…念のためベイルが王城内にいるか探して欲しい。ゴンズは至急出て行った部隊―――第一、第三部隊を見つけ次第王城へ戻るよう伝達。それからそのままノーテルへ向かってくれ」
そう指揮するスティンバルの双眸には先ほどまでの動揺や負い目はなく。
国王としての威厳を見せるいつもの姿があった。
「―――ってスティンバル様、この老骨めに随分な重労働を……!」
王命を受けた兵たちが其々去って行く中。
スティンバルはおもむろに踵を返した。
歩く先には、未だラライに支えられたままのエミレスがいた。
「言うのが遅くなったな…無事で何よりだ、エミレス」
そう言うとスティンバルはエミレスの頭を優しく撫でた。
懐かしい温もりと兄の微笑みにエミレスもまた笑顔を返す。
「はい…ご迷惑をお掛けしました……」
笑顔でありながらも、その瞳から涙が零れ落ちる。
と、スティンバルの視線はエミレスからラライへと変えられる。
先ほど受けた諸々の事柄からすれば、言いたいことも色々あっただろう。
だが、彼はそれを言及することはなく。
「感謝する、ラライ」
それだけ言った。
ラライは顔を背けたまま、「そりゃどうも」とそっけなく返した。
そんな彼の様子を間近で見ていたエミレスは思わず、声を上げて笑ってしまった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“
瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
だが、死亡する原因には不可解な点が…
数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、
神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

赤い瞳を持つ私は不吉と言われ、姉の代わりに冷酷無情な若当主へ嫁ぐことになりました
桜桃-サクランボ-
恋愛
赤い瞳を持ち生まれた桔梗家次女、桔梗美月。
母と姉に虐げられていた美月は、ひょんなことから冷酷無情と呼ばれ、恐怖の的となっている鬼神家の若当主、鬼神雅に嫁ぐこととなった。
無礼を働けば切り捨てられる。
そう思い、緊張の面持ちで鬼神家へ行く美月。
だが、待ち受けていたのは、思ってもいない溺愛される日々。
口数が少ない雅との、溺愛ストーリー!!
※カクヨム&エブリスタで公開中

通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~
フルーツパフェ
ファンタジー
エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。
前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。
死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。
先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。
弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。
――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから

黒豚辺境伯令息の婚約者
ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。
ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。
そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。
始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め…
ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。
誤字脱字お許しください。
前世は冷酷皇帝、今世は幼女
まさキチ
ファンタジー
2、3日ごとに更新します!
コミカライズ連載中!
――ひれ伏せ、クズ共よ。
銀髪に青翡翠の瞳、人形のような愛らしい幼女の体で、ユリウス帝は目覚めた。数え切れぬほどの屍を積み上げ、冷酷皇帝として畏れられながら大陸の覇者となったユリウス。だが気が付けば、病弱な貴族令嬢に転生していたのだ。ユーリと名を変え外の世界に飛び出すと、なんとそこは自身が統治していた時代から数百年後の帝国であった。争いのない平和な日常がある一方、貧困や疫病、それらを利用する悪党共は絶えない。「臭いぞ。ゴミの臭いがプンプンする」皇帝の力と威厳をその身に宿す幼女が、帝国を汚す悪を打ち払う――!

伯爵夫人のお気に入り
つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。
数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。
喜ぶ伯爵夫人。
伯爵夫人を慕う少女。
静観する伯爵。
三者三様の想いが交差する。
歪な家族の形。
「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」
「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」
「家族?いいえ、貴方は他所の子です」
ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。
「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

次は幸せな結婚が出来るかな?
キルア犬
ファンタジー
バレンド王国の第2王女に転生していた相川絵美は5歳の時に毒を盛られ、死にかけたことで前世を思い出した。
だが、、今度は良い男をついでに魔法の世界だから魔法もと考えたのだが、、、解放の日に鑑定した結果は使い勝手が良くない威力だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる