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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
85連
しおりを挟む気がつけば二人は屋上庭園に戻っていた。
曇天の空に鬱蒼と茂る緑。
周囲の植え込みも、縁も壁もそのままで。
何一つ変化していない景色。
エミレスの力は何一つ、破壊していなかった。
彼女の暴走は奇跡的に治まったのだ。
誰も何も傷つけずに済んだ光景が、そこにはあった。
「エミレス…!」
突如、崩れ落ちるように倒れ込んだエミレスとラライ。
それまでの水中遊泳から地面へ這い出た後のような、全身に重い感覚が圧し掛かる。
弱々しく膝をついているエミレスに、ラライが手を差し出した。
「あ、あの…迷惑かけて…ごめんなさい……」
「直ぐに謝んなって前にも言わなかったか?」
伸ばした手を掴んだラライは自身と共に、エミレスを起こそうとする。
が、エミレスには立ち上がる力もなく、体勢を崩してしまう。
咄嗟にラライが抱き留めてくれたため、倒れることはなかった。
「ごめ―――あ、ありがとう…」
はにかみながらエミレスがそう言うと、ラライもまた紅く染まる顔を慌てて背けた。
彼の反応が、とてもくすぐったくて、申し訳なく思えた。
と、そのときだ。
「―――何故だ」
その声は庭園の奥―――二人が立つその奥から聞こえてきた。
「フェイケス……」
フェイケスは青白い顔でエミレスを見つめながらゆっくりと後退っていた。
狼狽えているような、絶望したような様子に、エミレスには見えた。
「何故だ何故…何故何故何故……何故、暴走が治まった…!?」
これまでの彼とは違う、取り乱した姿。
「何故暴走しなかった!?」
先ほどの彼とは違う、明らかな動揺。
「何故…俺にはないものを……こうも見せつけてくる…!!」
彼の双眸は、エミレスと交わらない。
「フェイケ―――」
「来るなっ!!」
エミレスはフェイケスに向けて、手を差し伸べようとしただけだった。
だが彼は、それさえも拒絶した。
怯えるようにゆっくりと後退るフェイケスは、やがて庭園の縁へとぶつかる。
彼は迷うことなく踵を返し、鉄製の柵をよじ上り始める。
「おい、待て!」
急ぎ追いかけようとするラライ。
だがエミレスを支えていることに気付くと、彼は顔を顰めながらその足を止めた。
「止めてフェイケス!」
エミレスの呼び声に止まることなく、フェイケスは柵の向こう側へと立つ。
ラライは平然とこの壁をよじ登ったり下りたりしていたわけだが、この高さから飛び降りれば一般的には一溜りもない。
と、フェイケスはようやくエミレスの顔を見つめた。
「……ここでは死なない。俺のことが憎いならノーテルまで来い」
暗雲によって運ばれる湿った風が、彼の蒼い髪を靡く。
炎のように紅く輝くその双眸に、エミレスは静かに息を呑む。
「ノーテルだと…?」
ラライがそう尋ねるよりも早く、フェイケスは下へと飛び降りてしまった。
「フェイケス!」
この屋上から飛び降りたことに驚愕し、悲鳴を上げるエミレス。
その動揺に身体はよろめき倒れそうになるも、ラライがそれを力強く支える。
「心配すんな、しっかりロープを用意してやがった。それにこの直ぐ真下は湖だったはず…」
そう言いながらラライは舌打ちを洩らす。
元よりフェイケスは用意周到にも脱出の準備をしていたのだ。
エミレスの暴走を確認した後にと、予め確保していたものなのだろうと、ラライは更に眉を顰める。
「フェイケス……」
エミレスは虚しく伸ばしていた指先を静かに下した。
あれだけ酷く突き放され、砕かれたというのに。
彼女の中には未だ彼が残した言葉と、最後に見せた瞳が離れずにいた。
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