上 下
154 / 307
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

82連

しおりを挟む
   






「…思い、出した……私は…お父様に喜んで…貰いたくて………それで……」

 フェイケスは語った。
 エミレスの虚しい生い立ちを。
 その結果起こってしまった惨劇を。
 ノーテルに追いやられた事実を。
 人々に疎まれ、隠され、否定されている全てを。
 記憶が蘇りつつある彼女を、ここぞとばかりに追い詰めていく。

「10年前、お前は此処で…実の父親を殺した…沢山の者を傷つけた」

 エミレスが倒れ込んだ場所。
 荒れた庭園の中心部、石畳も無い窪んだ更地。
 それは紛れもない、かつて自分の父を死に追いやった東屋の跡地だった。
 
「―――ああ、そうだ。稀少な一族の秘宝を返してくれないか?」

 黒い笑みが、エミレスへとゆっくりと近付く。
 そうして、フェイケスは彼女の首飾りに手をかけた。
 そのペンダントはかつて、彼がエミレスに送った物だった。
 一度は壊されたがキチンと直して、大切に肌身離さず付けていた。

「純度の高いこの結晶石ロムノーロにはエナロムを吸収する作用があり、それによって力を抑制させることが出来る…だからお前にくれてやった」
「え…?」
「これがあったからこそ、お前は随分な無茶が出来た。これまで力を暴走させず、感情を爆発出来た」

 直後、フェイケスはペンダントを引きちぎった。
 金メッキの鎖は弾け飛び、辺りに散乱する。
 彼の手にはペンダントのトップに飾られていた結晶石が握られていた。

「だがもう不要だ。全てはお前を…この城を墓標とするための準備だったのだからな」
 
 目の前のフェイケスに、もう笑みはなかった。
 顔を俯かせたまま、エミレスと眼を交えようともしない。
 彼の燃えるような紅い双眸は、その手に握られた透明な結晶しか見ていない。

「それじゃあ…私に、優しくしてくれたのは…?」
「全部嘘だ」
「あの夜に、してくれたの、は…?」

 彼は立ち上がり、エミレスに背を向けると言った。

「お前を此処で貶め暴走させるためだけの偽り…それだけだ」

 今までにないくらいの低い声。
 感情のない、氷のように冷たい言葉。
 それは、エミレスの描いていたもの全てを踏みにじった。
 跡形もない程に彼女の心は、音を立てて砕けていったようだった。





「全てのためにも―――今直ぐ此処で消えろ、醜女が」

 辛かった。
 きつかった。
 聞きたくなかった。
 その言葉はエミレスをどんな言葉よりも辛く、どんな凶器よりも鋭かった。
 直後、エミレスは悲鳴を上げた。
 断末魔のような切ない叫びは、恐れていた事態を引き起こした。

「ああぁぁっ―――!!」

 エミレスは体から緩やかな光を発する。
 前よりも緩やかに、しかし確実に閃光は彼女を包み込んでいく。
 悲しみと絶望を帯びた輝き。
 その間にもフェイケスは逃げることはせず。

「これが…神が、俺が求めていた光……」

 球体を描く光の外側から、呆然とその様子を見つめていた。





 ようやく屋上庭園に辿り着いたラライとスティンバルは、目の前の光景に言葉を失う。
 そこには閃光の球体があった。
 スティンバルは瞬時に記憶を呼び起こす。
 間違いなくその輝きは10年前に見た恐怖の光景そのものだった。

「エミレス!」

 スティンバルは無謀にもその輝きへ飛び込もうとした。
 が、彼の肩を掴みラライが制止する。

「国王が無謀にも程があんだろ!」

 ラライは力任せにスティンバルを引き倒した。
 スティンバルは尻餅を付き、その場に両手をつける。
 しかし、彼はめげずにまた起き上がると光の中へ飛び込もうとしていた。

「俺が行かなければならないんだ! 今度こそエミレスの手を取らなくては……あの日の後悔を二度も味わいたくはない!」

 この場所に来てから、スティンバルの左顔の傷がずっと疼き痛んでいた。
 過去の傷が、後悔の暗闇が、彼を光の中へと駆り立てる。

「だからと言って国王を飛び込ませられんだろが!」

 光の球体は徐々に膨らみ、辺りを包み込んでいた。
 このままではこの庭園全体―――それどころか、王城さえも巻き込まれる危険性があった。
 逃げ場のない状況ではあるが、だからと言って国王に危険を冒させるわけにはいかない。

「オレが行ってアイツを引っ張ってくる」
「君には関係のないことだ! これは我ら兄妹の問題であり、王家の問題―――」

 そう言いかけたところでスティンバルは意識を失う。
 彼の首側部にラライの手刀が当たったのだ。
 国王にして良い行為ではないが、緊急事態故の対応だった。

「悪いな。始めからアンタには道案内で来てもらっただけなんでな…」

 ラライはスティンバルを庭園壁際まで担ぎ運ぶと、直ぐに踵を返し光の球体へ向かった。
 枯れ果てた茨の植え込みをゆっくりと包み込んでいくそれは、白くも不気味な生き物にラライは見えた。
 近付く程、彼の足は反発するように重くなり、泥沼の中を歩くような感覚になる。
 体中は荷を背負わされているように重くなり、何故か息も荒くなった。

「くそっ……何やってんだよ…馬鹿が……」

 そう舌打ちを洩らした直後、ラライは光の中へ迷わず飛び込んだ。
 国を救うため。
 この事態を早く終わらせるため。
 ―――なんて、そんな正義感からではない。
 彼女を一刻も早く、この冷たく白い空間から救い出すためだった。






   
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。

松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。 全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

処理中です...