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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
80連
しおりを挟む「スティンバル様――っ!」
突然の閃光に襲われたゴンズは敵襲か何かと慌てて東屋へと戻った。
と、入れ違う形でローゼンの植え込みへと飛ばされていくスティンバル。
急ぎ彼を掴まえようとしたものの、叶わず。
それどころか自分の身体さえも、自らの意思とは関係なく飛んでいってしまいそうになる。
他の者も同様に、吹き飛ばされそうになり近くの柱や石畳を咄嗟に掴んでいた。
この現象の不可思議なことは草や花々には何ら被害が出ていないことだった。
勿論、柱や石畳、椅子も壊れることはなかった。
この現象に巻き込まれているのは人間だけだったのだ。
だがそれ以上に予測不可能だったのは発光の中心部だった。
そこにいるはずのエミレスたちは、その眩い輝きによってどうなっているのかさえ解らない状態だった。
意を決し、ゴンズは果敢にもエミレスたちのもとへ飛び込もうとした。
「モルゾフ様! エミレス様!」
掴んでいた柱を踏み台にして、彼は無我夢中で閃光の渦の中心へと飛んだ。
それは例えるならば地面に沿って横へ飛ぶような、摩訶不思議な感覚であった。。
だが、それ以上の不可思議な展開が、直後に起こる。
それは球体となっていた光に、ゴンズの腕が届いた瞬間のことだった。
「うあぁあっっ―――!!」
ゴンズの身体が突如、地面に叩きつけられたのだ。
まるで重石を乗せられたかのような感覚に襲われるゴンズ。
しかしそれ以上に激痛が走ったのは、光の球体に突っ込んだままの腕であった。
踏み潰されるような激しい痛みに襲われていた。
庭園の比較的端の方にいたベイルには、それは夢か幻のような光景にしか見えなかった。
エミレスが泣いた途端に突然巻き起こった光。
かと思いきやスティンバルや従者たちがゴム球のように吹き飛ばされ。
果敢に飛び込もうとした一人の従者は、突然地面に突っ伏して断末魔を上げる。
何も起こらず無事であったベイルにとって、それはまさに目を覆いたくなる悪夢だった。
「イヤアァァッ!!」
―――スティンバルが目を覚ますと、そこはベッドの中だった。
身動きしようにも全身に激痛が走り、上手く動くことが出来ない。
と、間もなくして涙を流すベイルの姿に気付いた。
「良かった…良かった…」
嫁いだ夜でさえも気丈であった彼女が見せた、初めての涙だった。
「何が…起こったんだ…?」
エミレスが突然発光してから、その後の記憶は曖昧であった。
だからこそ、何故自分がこのような状況になっているのか。
他の者―――父や妹たちがどうなったのか、スティンバルは知りたかった。
「あれは…もう……人間の仕業ではないわ…」
悪魔の業そのもの。
ベイルは涙ながらにそう語り、事件の一部始終を克明に告げた。
あの惨劇の中で、唯一無傷の目撃者として。
あの惨劇の加害者と被害者の家族である者として。
「あの庭園にいた者たちのほとんどが……負傷したわ……ゴンズも聞き腕を失い……貴方も―――」
気丈に振る舞いつつも、声を震えさせていたベイル。
ベイルはエミレスより8歳上とはいえ、まだ少女という年頃だった。
無理もない。そう思いながらスティンバルは彼女の頬に触れようとした。
と、彼はそこでようやく気付いた。
自身の左目の違和感に。
「でも、一番の被害者は…お義父様で………身体中を何かに、押しつぶされた、ような……あんな、姿…もう……」
直後、青ざめていたベイルは嗚咽を繰り返した。
その光景を思い出したのだろう彼女の表情は、言葉にならないほどの恐怖を表していた。
「もう何も言わなくて良い」
スティンバルはそう言うとゆっくりとベイルの頭を撫でる。
しかし、納まらない彼女の感情は悲愴なものから憎しみ、怒りへとその矛先を変えた。
「…全部、あの子のせいよ……そう…あの子が、あの子のせいで…!」
「ベイル」
「あの子にあんな悪魔みたいな力がなければ! あの子が居なければこんなことにはっ…!!」
「ベイル!」
ベイルは口を閉ざした。
スティンバルはそれ以上、そんな彼女に何も言えなかった。
それは少なからず己の中にも、妹に対する恨みがあったからだ。
負傷した左目は暫く、その疼きが止まることはなかった。
しかし、それ以上にスティンバルは後悔していた。
一瞬見せたあのときの躊躇が―――あれがなければこんな事件は起こらなかったのではと。
この眼も父も、妹との信頼関係も失わずに済んだのではと。
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