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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

78連

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 ―――その日、エミレスは城の屋上に居た。
 いつものように兄と、その婚約者である義姉と三人で鬼ごっこなどをして遊んでいた。
 歳の離れた兄と義姉は、病弱で早くに死別してしまった母と多忙の父の代わりであり、エミレスにとって大好きな人たちだった。

「エミレスは次何して遊ぶ?」
「かくれんぼがいい!」
「また身体を動かすの? 本当エミレスはお転婆なのね」

 エミレスは城外には一度も出たことがなかった。
 屋上庭園から見える景色の向こうに何があるのか。
 気になったことこそあったが、エミレスはこの環境で充分だった。

「エミレスはお転婆ではなく、無邪気な野花なのだよ」
「またその例え? ほんと意外とロマンチストよね、スティンバル様は」
「私は野の花大好きよ! ここの花も大好きなの!」

 この手入れされた綺麗な庭で、兄と義姉と三人一緒に居られれば満足だったのだ。





「―――こんなところに居たのか…?」

 珍しく庭園に姿を見せたのはエミレスの父だった。
 当時のエミレスは知らなかったが、その年、近年まれに見る大飢饉による対策等で、父は多忙を極めていた。
 寝る間も惜しみ自ら先頭に立って活動をしていた。
 そのせいか最近は随分とやつれてしまい、今も時折ふらついていた。
 大臣に進められ彼は息抜きとして庭園へとやって来たのだった。




「おとうさま!」

 まだ9歳であったエミレスは、父の姿を見つけるなり、満面の笑顔で駆け寄る。
 父に会うのは数日振りであった。
 父はとても優しくて、エミレスをいつも愛してくれていた。
 が、この日の彼は笑顔を作るだけでいつものように抱きしめはしなかった。

「すまないエミレス…少し休ませてくれ……後で遊んであげるから……」

 そう言うとエミレスをすり抜けた父は庭園の中心にある東屋へと向かう。
 休息用に備えられた大きな長椅子があり、彼はそこに倒れ込むようにして寝た。

「スティンバル、ベイル…エミレスと遊んでやれ…」

 父はそう言って兄と義姉―――スティンバルとベイルの二人にエミレスを押し付けた。




「随分とお疲れのようね、お義父様…」
「ああ。ああいうときは絶対に近付かない方が良い」

 そうこっそりと二人は耳打ちをする。
 エミレスには優しく見せている父であったが、スティンバルの知る父は違った。
 現国王であるが故の自尊心と責任を持ち、自他共に厳しく。
 国王というものを口ではなく体で示すような人物だった。
 国のためには自らを犠牲にし、国のためならば愛息でも躊躇わず平手打ちをする。
 国の未来のためにと、愛する妻も実験に差し出す冷血さも父にはあった。
 そんな父はこの庭園の東屋でゆっくりと休息を取ることが何よりのストレス発散でもあった。
 だからこそスティンバルとベイルは知っていた。
 今の父に労いの言葉など不要。
 放っておいて、早々に庭園から離れるのが得策であった。
 
「エミレス、仕方がない…お絵かきはお前の部屋で―――」

 そう思いスティンバルはエミレスに声を掛けた。
 はずだった。
 しかし、そこにエミレスの姿はなかった。

「あの子ったらどこに…?」
「ゴンズたちも。エミレスを一緒に探してくれ」

 スティンバルの命を受け、姿を見せたのは数名の従者たち。
 その身なりこそ庭師や侍女のものであるが、実際は密偵であったりエミレスの実験に携わった研究者であったりした。

「へい、了解しやした」

 ゴンズはそう言うと一人の少女を探すべく分散する。
 この屋上庭園はそれほど大きくはない。
 ゴンズたちの手で直ぐに見つかることだろう。
 スティンバルはそう思い、移動の準備を始めていた。




「おとうさま!」

 だが、エミレスはスティンバルの予想を超えた場所から姿を現した。
 正しくは、向かって行ってしまった。

「疲れたときにはね、ハーブが良いってベイル姉さまが言ってたの。だから、はい!」

 エミレスとしては幼心に父の疲労を悟り、労いたかっただけだった。
 父に喜んでもらうべく、純粋に行動したまでであった。




「エミレス!」

 背後から聞こえてきた妹の声に、スティンバルは血の気が引いた。
 其処には東屋で寝ている父がいたからだ。
 彼女は大人の入れない植え込みの隙間から飛び出してきたようだった。
 それは、鬼ごっこのときにいつもエミレスが利用していた専用の小道であった。
 
「頼む…休ませてくれ……」

 しかし、呼び止めようにも既に後の祭りだった。
 急ぎスティンバルは振り返るとそこには、無邪気な顔で父に構う妹の姿があった。
 一見すると仲睦まじい親子の姿だ。
 だが苛立ちも見せていた今の父に近付くことは、例え愛する娘であってもご法度。
 下手をすれば平手打ちさえ飛ぶやもしれない。
 そう焦り息を呑むスティンバルであったが、父の激昂を受けたくなく、その足は動けなかった。
 その躊躇が、後の過ちの一端になるとも知らずに。






   
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