そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
149 / 325
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

77連

しおりを挟む
   






 『エナ』という言葉には聞き覚えがあった。
 今でこそ聞き馴染みのなくなってしまった言葉。
 それはかつて、アドレーヌ女王が使ったとされる奇跡の力のことだ。
 エミレスが愛読していた伝記において『エナ』という力は、世界を戦乱の世から救ったと記されていた。
 そして、それを切っ掛けに突如としてこの世界に出現したアドレーヌの恩恵。
 それこそが『エナ』というエネルギーなのだと書かれていた。
 



「私に…エナが…?」

 余りにも唐突な展開に呆然としてしまうエミレス。
 だが、それも無理はなかった。
 彼女は自分に備わってしまっている力のことを全く知らなかった。
 教えて貰ったこともなければ使った記憶もない。
 
晶(ロム)エナは、世界の万物に蓄積された力…本来は微弱なエネルギー物質だが、多量に集まると危険な力へと変貌する」

 アドレーヌ女王の奇跡によって世界中に満ち溢れた『エナ』。
 しかし、イニムにおいてそれは、新たな終末を誘う要因となったと言い伝えられている。
 フェイケスは淡々とそう語る。

「その事実に気付いたのだろう王国の者たちは『エナ』の研究を止めた」 

 エミレスもその辺りの知識ならば、本などを読んで知っていた。
 エナ技術の研究は80年程前に消えてしまい、今も禁忌とされていると。
 しかし、穏やかに戻りつつあったフェイケスは突如顔を歪める。 
 
「―――だが、王国は研究を続けた! そしてお前のような過ちを生み出してしまった!」










「―――あれから…19年になるのか…」

 階段を上る最中、おもむろにスティンバルはそんなことを呟く。
 と、思わずラライの足が止まる。
 前方を歩くスティンバルが先に止まったからだ。

「おい、思い出話なら走りながらしろ。今は一刻一秒でも早く駆けつけるのが先だ」

 顔を顰めるラライを一瞥し、スティンバルは改めて駆け出す。
 階段を上りながら、彼は話を続けた。




「今では禁忌とされているエナの研究を…国が水面下で手を付け始めたのは数十年前からだ。公表は一切されず『エナ』に関する実験は繰り返されていた」

 スティンバルの言葉にラライは耳を傾けつつ、彼に続いて階段を駆けていく。
 上階へ上がるにつれて砲撃や火の手は無く、まるで二人を導くかのようであった。

「…その過程で、アドレーヌ女王のように『エナ』を生み出せる人間はどうすれば誕生するのか。という実験が行われ始めたのが…20年前のことだ」
「…伝説の女王の二代目でも作りたかったのか? 大層なことだ」
「いや、それは違う…!」
 
 そう反論したものの、何故かスティンバルはそれ以降口を噤んだ。
 詳しく尋ねるつもりは毛頭なかったラライであったが、その後ろ姿からは言えない事情があるように感じた。

「とにかく……その実験の一つとして『エナを胎児に与える』という実験が行われた」
「胎児に…?」
「母体に居る頃からエナに馴染ませられれば、大量のエナを宿した子が生まれるのでは―――そんな稚拙な屁理屈から生まれた実験だ」



 
 実験の内容は至って単純で、子を宿した母親に『エナ』の結晶体を摂取させると言うものだ。
 と、言葉にするだけならば簡単なことだが、元々『エナ』には莫大なエネルギーが備わっており、それを人体が摂取すると全身に激痛が起こり、耐えようのない苦しみにより高確率で命を落とす。と云われてきていた。
 つまり、『エナ』と言うエネルギーは、生命を奪う猛毒となりうるのだ。

「被験者ほぼすべての母親が胎児と共に命を落とした……が、その過程でたった一人だけ母子共に生き残り、更には体内に大量のエナを宿していた子供が生まれた」
「それがエミレス…」

 スティンバルは「ああ」とだけ答える。
 徐々に上がる心拍数と呼吸を抑えつつ、ラライは彼の話に耳を傾け続ける。
 スティンバルも同じく呼吸が荒くなってきているが、構わずに語る。

「エミレスは『エナ』の扱い方を解っていなかった。当然だ…誰も扱ったことのない未知のものを、ましてや幼子にどう教えろと言う…」

 そのため、エミレスに『エナ』のことはあえて告げないこととなった。
 成長し、理解が出来る成人になってから告白するという結論に至った。
 しかし、それが大きな過ちだった。
 国王や研究者含め、誰も『エナ』の無邪気な恐ろしさを知らなかった。
 その結果があの日―――過去の大惨事を起こしてしまった。

「その辺はオレも知った話か…色んな意味で気分の悪い事実だった」

 静かに口を閉ざし、それからスティンバルは何も言わなくなった。
 黙って階段を上りながら、彼は時折、その傷ついた片目に触れる。






   
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

RIGHT MEMORIZE 〜僕らを轢いてくソラ

neonevi
ファンタジー
運命に連れられるのはいつも望まない場所で、僕たちに解るのは引力みたいな君との今だけ。 ※この作品は小説家になろうにも掲載されています

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で追放した男の末路

菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

処理中です...