上 下
145 / 307
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

73連

しおりを挟む
   





 同時刻。
 離宮を出たラライは、砲撃が続く城内を突き進む。
 島を囲う外壁によりいくらか守られているものの、無差別に撃ち込まれる砲弾は外壁を越えて本城にも直撃していた。
 と、正門前までラライが辿り着くと、そこで待っていた光景は、堅牢な要塞王城と謳われていたそれとは程遠いものだった。
 既に戦場は城内にまで及んでおり、辛うじて上げられた跳ね橋には剣や矢が突き刺さっていた。
 鮮血の跡、怪我をしている兵士。火の手が広がる足場。
 正門も攻撃を受け続け、いくつか壁が崩壊していた。

「どこが難攻不落だ…こんなに襲われてりゃ意味もない…!」

 そうぼやき、ラライは思わず舌打ちを洩らす。
 しかし襲撃者たちの姿はなく、皆城内に侵入してしまっているようで。
 そこには軽傷の兵士たちが負傷した仲間や従者の手当てや避難誘導に当たっていた。
 と、見覚えのある兵士を見つけ、ラライはその人物の肩を掴んだ。

「おい!」
「ひ、ひぃぃ!」
「バカ、オレだ!」

 兵士は敵と勘違いしたのか、慌てて剣を振り回す。
 だが、ラライの顔を見た瞬間、男は口を大きく開いて改めて素っ頓狂な声を上げた。

「あ、あんたは…!」

 その兵士とは、かの老人の孫であった。
 兵士にとっては嫌な思い出の相手らしく、ラライを見るなり眉を顰めたままでいる。

「どう言う状況だ、これは」
「たたたっ…大変なんだ! 城が襲撃されて!」

 青年兵士は随分とパニック状態にあるようで。
 火災が発生しているわけでもないのに、片手には水一杯のバケツが抱えられていた。
 彼が慌てふためく度にその水は揺れ落ち、こぼれ落ちていく。

「それは見て解る。そうじゃなくて何処の誰に襲われているのか解るか!?」
「詳しくは知らない…!」

 そう言って青年兵士は即座に頭を左右に振る。
 ラライは舌打ちし、即座に別の人間へ尋ね直そうとした。
 が、しかし。
 彼は「でも」と話を続けた。
 ラライは思わず足を止める。

「奴らはネフ族だって、仲間が言っていた…!」
「ネフ族…?」
「全身白尽くめの格好で俺はよくわからなかったが…特徴のある部族だって…!」

 彼は思い出したこと順にそう叫ぶ。
 更に何か言おうとしていたが、城内に駆けていく兵士の一人に呼ばれ、彼は兵士たちと共に向かっていった。

「一応兵士だから忠告しとくけど、あんたも…早く避難した方が良いぞ!」

 兵士は最後にそう助言して去って行ったが、ラライはそうするわけにはいかない。
 城内にはエミレスがまだ残っているはずだからだ。
 ラライは手遅れにならないことを願いつつ、兵士たちに紛れて城内へと入っていく。





 本城の正面ホールに辿り着くと、そこでは今まさに戦闘が繰り広げられていた。
 白い外套を羽織っており、その顔を白い包帯で隠している集団。
 まさに白尽くめの集団は兵士たちと剣を交え、激突していた。
 一見すると騒然とした状況。
 しかしその中に潜む違和感にラライは気付く。

(随分な手練れなのは解るが…何なんだこいつら…?)

 城内に入り込んだ白尽くめは十人足らず。
 対して兵たちは城の奥や外から次々と加勢している。
 それにも拘らず力量の差なのだろうか、戦況は白尽くめたちが有利に見えた。
 素早い身のこなしで的確に兵たちの利き手を切り落とし、蹴り飛ばす。
 だが不可解なのは、白尽くめたちは正面ホールで争うだけで、その奥へ侵入する様子がないということだ。
 城を攻め落とす程の勢いはあるように見えるが、まるで兵士たちを翻弄するための動きにしか見えない。

「……つーか下っ端の兵ばっかりじゃねえか…精鋭部隊は何でまだ来ない…!」

 苛立ちに自然と漏れ出てしまう舌打ち。
 と、白尽くめたちが兵士たちに押される形で通路の奥へと逃げていく。
 その先は謁見の間に続いているが、ラライの位置からでも臨める巨大な扉は固く閉ざさたままであった。

(とりあえずあっちは大丈夫そうだが…問題なのは居住階層が無事なのかどうか…)

 エミレスを含めた王族や貴族たちの居住スペースは城の上階にある。
 上階へと続く道にはどうやら白尽くめの姿は無い。
 謁見の間と同等の頑丈な扉により守られているようであった。

「くそっ…開かねえっ……面倒くせえ!」

 そうぼやくとラライは通路近くの窓へと掴み上がり、蹴破った。
 吹き飛ぶ格子、飛び散るガラス。
 それらに構わずラライは城壁の石煉瓦を伝い、上へと這い上がっていく。
 何度となく城壁上りは繰り返していたため、お手のものであった。
 とは言え、砲撃は未だ城壁目掛け繰り返し飛んでいる。
 そのためラライは直ぐ上の階に辿り着くなり先ほど同様に窓を叩き割り内部へと飛び込んだ。





   
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。

松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。 全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

処理中です...