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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

66連

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 それから暫しの時間。
 二人は久しぶりに食事を交えながら他愛のない雑談をした。
 意外に食事作法が悪いから他人には見せられないと語る兄に妹は微笑み。
 妹もまた勉強や礼儀作法が苦手だと告白して笑う。
 それは国王と王女と言うよりも、ただの兄と妹の会話であった。
 これが10年ぶりであることも感じさせないほどに、二人は仲睦まじい様子を見せた。

「エミレス、今まですまなかったな。お前に目を向けることも出来ず…哀しい思いをさせていた」

 と、おもむろにスティンバルはそう言う。
 先ほどまでの雑談とは違う、真面目な姿にエミレスの手が思わず止まる。

「王家一族、親族は多々いるが…実の妹はお前ただ一人だというのにな…」

 実の妹。
 その言葉がベイルに吐かれた言葉と重なり、エミレスの心に突き刺さる。

「そう、ですね…」

 ようやく返せた言葉は、それで精一杯であった。

『スティンバルだって貴方には言ってないけど常々愚痴っていたわ。どうしてこうも似ていない妹なのかってね』

 真偽はともかくとしても、ベイルが放った鋭い言葉がエミレスの中で離れずに繰り返されていく。
 次第に、彼女の顔は青白くなり、視線は下を向く。

「エミレス」

 と、いつの間にかスティンバルがエミレスの傍らにいた。
 彼はエミレスの傍で片膝をつき、俯いていた彼女の手を取った。
 穏やかで、そしてとても雄々しい翡翠色の瞳を輝かせ、彼は語る。。

「これからはお前を決して独りにさせたりはしない…昔のように遊んだり、話をしたり、お茶会をしたりしよう…」

 温かい言葉。
 それは、エミレスがずっと望んでいた言葉。
 彼女の夢と理想が詰まった言葉だった。



 スティンバルは、エミレスが昨晩飛び出した理由は自分に責任があると思っていた。
 だから彼は今更ながらに後悔し、昨夜について問い正したり責めたりしなかった。
 だからこそ、彼はこうして兄妹だけで話をしようと決めたのだ。
 これまでの償いと、これからの熱い思いを込めて。

「何かあればいつでも王室に来なさい…それに、今度暇ができ次第散歩に行ってみようか」

 懺悔のようにスティンバルは優しい言葉で語り掛ける。
 10年間の溝を埋めるべく、語り続ける。



 だがしかし。
 ベイルによって突き刺さったままの残酷な言葉が、まるで呪いのようにエミレスの心を凍り付かせる。
 兄の優しく温かい言葉を、素直に受け止められなくさせている。
 と、同時に彼女はフェイケスによって打ち付けられた甘い言葉で自分を奮い立たせた。

「…はい、ありがとうございます…お兄様……」

 何とか笑みを浮かべて、感謝の気持ちを述べた。



 その笑顔の違和感に直ぐに気付いたスティンバルであったが。
 それすらも自身のせいだと負い目を感じ、彼は素直に受け入れた。

「待っているよ」

 優しい言葉でそう言うと、スティンバルはゆっくりとエミレスから手を放した。
 
「―――さて、では食事も終わったし職務に戻るとするか…」

 ため息交じりに立ち上がるスティンバルは、国王らしからぬ嫌そうな顔を浮かべてみせる。
 そんな表情の兄を見て、思わず笑みを浮かべるエミレス。
 と、そのときだった。

「あなた…!」

 勢いよく開け放たれた大食堂の扉。
 そこから姿を見せたベイルは早速スティンバルとエミレスを睨んだ。
 彼女の鋭い眼光に、エミレスは動揺する。
 脳裏に蘇る言葉の数々によって、次第に呼吸は荒くなる。

「エミレス、お前は部屋へ戻れ」

 と、そんな彼女を見兼ねたスティンバルはそう言った。
 先ほどまでとは違う低く冷たい口振りに、慌てて正気を取り戻すエミレス。

「あ…はい」

 彼女の暴言を打ち消すようフェイケスの言葉を何度も繰り返しながら、エミレスはベイルを通り過ぎる。
 ベイルは終始無言でいたが、だからこその圧がエミレスには突き刺さるように痛かった。
 エミレスは彼女の顔を見ることも出来ず、逃げるようにそそくさと大食堂から去っていった。
 


 


   
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