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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

65連

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 翌朝、雨風こそ止んでいるとはいえ、空は相変わらずの曇天であった。
 朝日も見えないその空色は、近々もう一嵐来ることを予見させていた。



 起床したエミレスは昨晩の興奮が未だ冷めずにいた。
 彼の言動を思い出しては顔を真っ赤にさせ、自分の唇に指先を当てる。

「おはようございます、エミレス様」

 そんな彼女のもとへノックと同時に姿を見せた侍女たち。
 クレアは一歩前へと出ると頭を下げた後、口を開く。

「昨晩は本当に…心配いたしましたよ」
「ごめんなさい」

 素直に謝罪するエミレス。
 眉尻を下げ申し訳なさそうな顔を見せる彼女に、クレアたちは何も言えず。
 同様に何も尋ねることが出来ない。

「…実は、そのことで国王様より話がしたいとの言伝を受けております」

 と、髪を梳かしていたエミレスの動きが止まる。

「お兄様が…」

 それは当然と言えば当然の呼び出しであったが、エミレスにとっては予想外のものであった。
 まさか呼ぶとは思わなかったのだ。
 彼女の脳裏に昨晩の―――ベイルの顔が過る。

「大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが…」

 一瞬にして血の気が引いていくエミレスの異変に、侍女たちは即座に気付く。
 だがそれほどまでに彼女の顔色は青白く変わっていた。

「いえ、大丈夫です…お兄様に会いに行きます」

 何とか気丈に振る舞い、髪を梳かし終えたエミレスは席を立つ。
 思わずよろめく身体。
 こんなとき、いつもならば傍らに彼がいるはずだった。
 「無理すんな」と言いながら、不愛想な顔で労わってくれる彼。
 しかし、今ここにその彼は居ない。
 そして、彼女の中で浮かんだ人物も、その彼ではなかった。

(フェイケス…勇気を下さい……)

 愛しの彼を想い浮かべ、その胸に刻み込む。
 それから深く呼吸を繰り返したエミレスはしっかりと前を向いた。
 侍女たちを引き連れ、彼女はちゃんとした足取りで部屋を出て行く。




「そういえば……」

 エミレスが部屋を出た後、室内に残り清掃をしていた侍女がぽつりとそう呟いた。
 何やら思い出した様子の彼女に、もう一人いた侍女が尋ねる。

「どうしたの?」
「エミレス様…今日は珍しく水色のドレスに袖を通していらっしゃったみたいで…」

 それは一応用意されてこそいたが、一度も着たことのなかった青天のような空色に近い水色のドレスだった。
 もう一人の侍女も抱いていた違和感の答えに気付き、目を見開く。

「そうだったわね! 珍しい…やっぱり何かあったのかしら…?」
「でも…」

 侍女はそう言うと暫く口を噤んでいたが、周囲に他に誰も居ないことを確認した後、言った。

「私はいつもの春色のドレスの方がエミレス様らしくて好きですけどね…」






 クレアによって案内された先、そこは謁見の間ではなく大食堂であった。
 時刻的にも確かに朝食の時間ではあったが、意外な案内先にエミレスは思わず目を丸くさせた。

「失礼します、国王様…エミレス様をお連れしました」

 案の定扉の向こうには、スティンバルの姿があった。
 食事中であった彼はスクランブルエッグをフォークで刺し、口へと運んでいた。
 そして何故か、いつもは一緒であるはずのベイルが、そこにはいなかった。

「ご苦労、お前たちは下がってよい」

 その言葉を受け、クレアを含めた侍女たちは丁寧に腰を折り曲げ、そして足早に退室していく。
 同時に、エミレスの傍には誰もいなくなってしまった。

「エミレスは席に付くと良い…」
「え…?」

 動揺を隠せず、挙動不審な動きをしてしまうエミレス。
 と、おどおどする彼女の様子を見たスティンバルは思わず笑みを零し言った。

「久々に兄妹水入らずで食事がしたかっただけだ。畏まる必要はない」

 思わぬ言葉にエミレスは瞳を大きくさせる。

「はい…ありがとうございます」

 本来ならば、先日のエミレスであったならば、もっと喜び心浮かれていた言葉だったことだろう。
 しかし、彼女の脳裏には未だ昨晩の出来事が残っており、手放しで喜ぶことが出来なかった。
 
「あの…ベイルお義姉さまは…?」

 目の前の食事に手を付ける前に、エミレスは意を決し尋ねた。
 すると彼は意外にもあっさりとこう返した。

「後から来るよう言ってある」

 素っ気ない言い草は、まるで昨晩の騒動の元凶を知っているかのようにも思えた。




(きっと誰かが気付いて言ってくれたんだ…そう、きっとフェイケスなんだわ…!)

 と、運命の人として美化されている彼のお陰だと、安直な結論に達するエミレス。
 彼女の思考は最早、全てが彼に直結していた。
 彼のお陰。
 彼が助けてくれた。
 彼が大好きだから。
 昨晩のことですっかり骨抜きにされているエミレスは、食事前の祈りさえも、彼への感謝へと変わっていた。

(ありがとう、フェイケス…)

 そうして彼女はようやくと、安心して目の前の料理を食べ始めた。











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