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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

63連

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 ようやく会えた、会いたかった相手。
 奇跡のような再会に運命を感じ、思わず彼の手を握り返そうとする。

『―――私は醜い貴方がずっと嫌いだった』

 が、エミレスはベイルの言葉を思い出し、一気に顔色を変えた。
 表情を強張らせ、彼女は慌ててフェイケスの手を払った。
 強いショックと溺れたことでの疲弊が重なったのか、彼女はその場で頭を下げ蹲る。

「ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい…」

 ずぶ濡れになった衣服が、重圧のように圧し掛かる。
 冷たくなっていく身体が、凍り付いたように痛む。
 だが、それ以上に彼女の心は痛みと重みでバラバラになりそうであった。
 会いたかった念願の彼を前にしても、その悲痛な想いは晴れそうにない。

「醜くてごめんなさい、戻って来てごめんなさい、私のせいで…ごめんな、さい……」




 薄々感じていた義姉の想い。
 しかし気のせいだと思うようにして、エミレスは前に進むことを選んだ。
 ラライに背中を押される形でありながらも、最近はようやく周囲の視線も気にしないようになってきたところだった。
 そんな中でベイルに言われた言葉。
 それは、エミレスのそうした努力を全否定して、言葉の暴力で突き飛ばしたようなものだった。




「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、なさい……」

 彼女にはもう、泣きながら謝るしか出来なかった。
 否定された自分について、謝ることしか、浮かばなかったのだ。



 エミレスの突然の謝罪に困惑するフェイケス。
 流石に、動揺を隠せなかった。
 震えながら、蹲りながら懸命に、何かに謝り続ける彼女の姿に、思わず眉を顰めた。

「君が謝る必要なんかない…」

 戸惑うも、彼は彼女の肩に触れた。
 エミレスの肩が更に震え、強張っていく。

「私は…がんばっちゃ、駄目だったんだ……生きていちゃ、駄目だった―――」
「そんなことはない…!」

 そう叫んだフェイケスは直後、エミレスの肩を掴み上げた。
 強引に、彼女の上体を起こし、そして抱きしめた。

「君と出会えたことで僕がどれだけ救われたか…あの時間が幸せだったことか…忘れないでくれ……!」

 力強い抱擁に、思わず驚いてしまうエミレス。
 涙も鼻水も垂れ流した顔を見られたくないと、咄嗟に離れようとするが、彼の力には敵わず。
 
「でも、私は…醜いから……」

 無意識にそんなことを言うことしか出来ない。
 だが、彼の抱擁は更に、より強く、そして熱くなっていく。
 
「醜くなんかない! 君はこんなにも繊細で、それでいて純粋だ。なのに…誰も解っていないのが…堪らなく悔しい……」

 フェイケスの言葉はどんな雨音や轟音よりも、鮮明にエミレスの耳へと届いた。
 エミレスの瞳からより一層と涙が溢れ出る。

「僕の瞳を、髪を見て素敵だと言ってくれた君を…こんなにも素敵な目をした君を……僕は絶対に醜いなんて思わない…!」

 フェイケスの腕から解放されると、エミレスは彼の顔を見上げずに胸板を見つめていた。
 高鳴る鼓動、先ほどまで冷たかった体温が、不思議と火照っていくのを感じる。
 と、おもむろにフェイケスはエミレスの顎を掴み、顔を上げさせた。

「僕は…君が…好きだから」

 真っ直ぐに見つめた、久々の彼の顔。
 エミレスの瞳から、また涙が零れ落ちる。

「わ…私も―――」

 だが、その続きを彼は言わせなかった。
 彼の唇と、エミレスのそれが重なったからだ。
 生まれて初めての口付け。
 本で読んだような、痺れるような感覚も、甘酸っぱい味もない。
 一瞬だけの優しい口付けは、まるで水面に口を付けたような透明な感触だった。





 エミレスは嬉しくてたまらなかった。
 初めて恋をした男性が、同じように好きと思ってくれたことが。
 彼は言ってくれた。
 素敵だと、抱きしめてくれた。
 信じていた義姉の裏切りを、絶望にも近かった悲しみを、彼は見事に断ち切ってくれた。
 そんなことをしてくれたのも、言ってくれた異性も、フェイケスが始めてだった。
 だからこそ、彼女は周りが見えなくなるほどに嬉しかった。
 ずっと願っていたかいがあった。
 信じていたかいがあった。

(ああ、フェイケス。ありがとう…私は、貴方だけは信じていても、良いのね…)

 例えこの先、どんなに恐ろしい何かが待っていたとしても。
 今のエミレスは彼の言葉だけで、充分前へ進められそうだった。
 それほどにフェイケスの言葉は的確にエミレスを射止めた。



 


「今日はもう行かないといけない…だけどまた必ず君に会いに行く。だから…それまで絶対に待っていてくれ……約束だ」

 フェイケスの言葉に、エミレスは黙って頷く。
 頷くことしか、頭が回らなかった。
 先ほどまでの苦痛も、悲しみも、その全てを彼が奪い取ってくれたようだった。
 火照る身体のせいか何も考えられず、彼女は素直に彼の言葉を信じることにした。
 彼に残る不自然さにも気付けないほどに、エミレスは冷静な判断が出来なかった。
 出来るはずもなかった。







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