そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
134 / 322
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

62連

しおりを挟む










 エミレスの従者として王城の一室に住み込んでいるラライ。
 しかしこの時刻―――深夜帯になると王城は侵入者を阻むべく、城の正門へと続く唯一の架け橋を上げてしまう。
 ラライが辿り着いたときには案の定架け橋は上げられており、中に入ることは出来そうになかった。
 すっかり身体は冷え切り、疲弊しながらも王城前に辿り着いたラライは目の前の光景に、ため息と舌打ちをほぼ同時に洩らした。

「くそ…時間を掛け過ぎたか……仕方がない、今日は宿でも借りるしか―――」

 そう思い、踵を返そうとしたラライ。
 が、彼はある違和感に気付き、慌てて振り返った。
 架け橋の向こう側―――本来ならば閉め切っているはずの正門が、僅かに開いていたのだ。

「なんで…?」

 こんな嵐の夜だというのに、人一人が通れるくらいに開かれた両開きの大きな扉。
 目を凝らしよく見て見れば、何故か門番の姿さえない。
 あってはならないだろう状況に、ラライは嵐の中しばらくその門を眺め続けていた。
 と、そのときだ。
 こんな嵐にも関わらず、その正門から飛び出して来た人影をラライは見つけた。

「なっ……エミレス…?」

 思わず顔を顰めるラライ。
 遠目であったが、それは間違いなくエミレスであった。
 彼女はラライに気付いてはおらず。
 それどころか不穏な動きを見せていた。
 架け橋が上がっていると知るや否や、エミレスはその横側―――石煉瓦で出来た縁の上へとよじ登った。
 激しい雨のせいで彼女の顔もよく見えない。
 ただ、嫌な予感だけはラライに走った。

「止めろッ!!」

 自然と出た大声で、ラライは訴える。
 と、彼の叫びに気付いたのか、エミレスはラライの方へと顔を向けた。
 手を伸ばしているように見えた。
 何かを求めているように見えた。
 だが、遠い対岸に立つラライにはどうすることも出来ず。
 次の瞬間。
 自分から落ちたものか、嵐に突風に浚われたのかはわからないが。
 彼女は橋下の湖へと落ちていった。

「ば、馬鹿が……!!」

 ラライは急ぎ身を乗り出し、湖を覗く。
 本来ならば透き通った美しい湖面は、夜の嵐によって暗黒の塊のようであった。
 エミレスの姿はなく、そのまま溺れて沈んでしまったのかもしれない。

「くそ…!」

 早く助けにいかなくてはと焦る中、ラライは何故と、困惑もした。
 今日最後に見た彼女は、満面の笑みだったのだ。
 こんな嵐の夜に飛び出てしまうような、こんな事態になるような素振りは微塵もなかったのだ。


 
 一刻も早くエミレスを助けるべく、ラライは縁へと乗り出し、湖へ飛び込もうとした。
 が、しかし。
 水面へ飛び込んだのはラライではなかった。
 彼よりも早く、エミレスの後を追い飛び込んだ人影がいた。
 王城側の岸から颯爽と姿を現したその人物は、荒れる水面からエミレスを的確に救い上げる。
 まるで彼女を救うべく現れた王子のように、その人物はエミレスを抱えたまま近くの畔まで泳ぎ切った。
 この嵐の夜。一歩間違えれば自分も溺れてしまうような濁流を、迷わず飛び込むなど早々できるものではない。
 ラライでさえ、一瞬の躊躇はあったのだ。

「何者なんだ、アイツ…」

 そう呟き、ラライは湖畔の対岸で様子を伺う。
 雨音で会話が聞き取れるわけもないが、それでも見ずにはいられなかった。




 


「―――しっかりしろ、エミレス!」

 エミレスの名を呼ぶ声。
 一瞬、彼女はラライかと思った。
 手元を滑らせて橋から落ちる直前、彼を見た気がしたからだ。
 虚ろげに瞼を開け、エミレスは目の前の光景を見た。

「……ごほっ……あ…っ…」

 暗がりであるが、特徴ある彼の双眸に気付き、エミレスの瞳は大きく開く。

「…フェイ…ケス…?」

 次第に意識が鮮明になり、それが彼であることを確信する。
 唇が自然と震え、目頭が熱くなっていく。

「良かった…偶々通りがかって…落ちたのがまさか君だとは思わなかったけど……」

 フェイケスは優しく、しかし力強くエミレスの手を握った。
 彼の温もりが濡れた手に広がっていく。

「……会いたかっ…た…」

 エミレスの頬へ溢れた涙が零れ落ちていく。
 零れる雫が、嵐の雨と交じり合う。











しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

<番外編>政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
< 嫁ぎ先の王国を崩壊させたヒロインと仲間たちの始まりとその後の物語 > 前作のヒロイン、レベッカは大暴れして嫁ぎ先の国を崩壊させた後、結婚相手のクズ皇子に別れを告げた。そして生き別れとなった母を探す為の旅に出ることを決意する。そんな彼女のお供をするのが侍女でドラゴンのミラージュ。皇子でありながら国を捨ててレベッカたちについてきたサミュエル皇子。これはそんな3人の始まりと、その後の物語―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...