130 / 307
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
58連
しおりを挟む「どうぞ…」
エミレスがそう言うよりも早く、ベイルは部屋の中へと押し入る。
それから迷うことなく、彼女はソファへと腰を掛けた。
「懐かしいわね、ここ…」
思わず出た言葉。
それにはベイル自身も内心驚き、急ぎ口を閉ざす。
「お義姉様専用の席でしたものね…」
エミレスがそう言うと、彼女は「そうね」と素っ気なく返した。
座り過ぎたせいで少しばかり凹んでしまったソファ。
紅茶のカップを落として出来てしまったシミ。
本来ならば直ぐに取り換えるべき傷や汚れであったが、部屋の主であるエミレスがこのままで良いと言って残していたことをベイルは思い出す。
そのうち、エミレス自身がこの王城から出て行ってしまったため、ソファだけでなく部屋の至る所があの当時のままで残されることとなった。
ベイルにとってそれはとても懐かしくもあり、とても心が痛むものでもあった。
ポットを手にしたベイルは、手際よくテーブルに並べたティーカップへ紅茶を注ぎ始める。
ベイルの向かいのソファへと恐る恐る座るエミレス。
彼女は当然の疑問を、恐れつつもベイルに投げかけた。
「どうかしたのですか…?」
「どうかって、どういう意味?」
しかし投げかけた疑問を質問で返され、言葉に詰まるエミレス。
「えっと…その…」
エミレスはこの王城で暮らすようになってから、ベイルに苦手意識を持つようになっていた。
感情の起伏の激しさは昔からであったものの、別れる前の彼女はもっと世話焼きでお節介焼きな―――本当の姉の様な人だとエミレスは記憶していた。
だが、今のベイルにはただただ冷たい感情しかない。
彼女から接触してくることなど、城に来た日以来なかったため、どう会話をして良いのかわからなくなっていた。
「…あの…」
エミレスが言葉選びに困っていると、ベイルの深いため息が聞こえてくる。
その吐息に竦んでしまい、エミレスは思わず口を閉ざしてしまう。
静寂となる室内。
反するように外では雷雨による轟音が聞こえ続けていた。
「―――どうしても…貴方に言いたいことがあって来たのよ」
緊張感を和らげてくれるような温かで優しい湯気と香り。
ベイルはその紅茶を一口飲み、続けて言った。
「ずっと…ずっと言いたかったの………私が、貴方を嫌いだってこと…」
「えっ…」
エミレスは目を大きくし、ベイルを見つめた。
そのひと言はまさに青天の霹靂に近いものだった。
聞き間違いかと耳を疑い、信じようとはしなかった。
急速に顔面蒼白となっていくエミレスを見つめ、ベイルは微笑み更に告げる。
「だって…貴方って醜いでしょ?」
「…!!?」
声にならない悲鳴を洩らすエミレス。
しかしその悲鳴は無情にもガラス窓の揺らぐ音にかき消される。
「私ね、醜い子が嫌いなのよ。何そのそばかす。可愛くもない顔して…体型も昔より太ってんじゃない?」
聞きたくない言葉が続き、エミレスの表情はより一層と曇っていく。
これが夢ならばどれほど良かったことか。
顔は急速に熱を持ち、瞳から自然と涙が溢れ、零れ落ちる。
そして、搾り出せる精一杯の声で反論した。
「なんで…急に、そんなことを……?」
「決まってるでしょ?」
ベイルは即答した。
そして紅茶を一口飲み、口早に声を荒げた。
「私は醜い貴方がずっと嫌いだった。これが妹になるのかと思うと、最悪だったわ………別邸で暮らすことになったときはせいせいしたくらいよ! でも…貴方がこうして戻ってきてしまった。部屋に引き籠っていたままなら未だ可愛げもあったけれど……最近はろくな努力もせず醜いままのくせに、周囲にちやほやされて自分は前向きに変わったと思い込んでいる……私はそれが許されないのよ!」
エミレスは俯き、涙を流し続ける。
寒くもないのに体中の体温が奪われていくように感じた。
凍えるように震える唇で、エミレスは言う。
「ひどい……」
それは自然と出てきた言葉だった。
何とか気丈に保っていられるだけ、エミレス自身でも奇跡だと思った。
いつこの心が崩壊し、感情が爆発してしまうか―――逃げ出してしまうか、彼女にもわからなかった。
なのに、ベイルの罵声は未だ止みそうになかった。
「…は、ひどい? それは貴方の方でしょ!?」
怒りの表情を見せ始めるベイルは、持っていたカップを叩き割る勢いでテーブルに置き、声を荒げた。
「貴方が何をしたかわかってるの? 貴方があの日、何をしたのか……私は貴方を許してはいないの! 絶対に許さないんだから!!」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。
松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。
全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
悪妃の愛娘
りーさん
恋愛
私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。
その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。
そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!
いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!
こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。
あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる