130 / 298
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
58連
しおりを挟む「どうぞ…」
エミレスがそう言うよりも早く、ベイルは部屋の中へと押し入る。
それから迷うことなく、彼女はソファへと腰を掛けた。
「懐かしいわね、ここ…」
思わず出た言葉。
それにはベイル自身も内心驚き、急ぎ口を閉ざす。
「お義姉様専用の席でしたものね…」
エミレスがそう言うと、彼女は「そうね」と素っ気なく返した。
座り過ぎたせいで少しばかり凹んでしまったソファ。
紅茶のカップを落として出来てしまったシミ。
本来ならば直ぐに取り換えるべき傷や汚れであったが、部屋の主であるエミレスがこのままで良いと言って残していたことをベイルは思い出す。
そのうち、エミレス自身がこの王城から出て行ってしまったため、ソファだけでなく部屋の至る所があの当時のままで残されることとなった。
ベイルにとってそれはとても懐かしくもあり、とても心が痛むものでもあった。
ポットを手にしたベイルは、手際よくテーブルに並べたティーカップへ紅茶を注ぎ始める。
ベイルの向かいのソファへと恐る恐る座るエミレス。
彼女は当然の疑問を、恐れつつもベイルに投げかけた。
「どうかしたのですか…?」
「どうかって、どういう意味?」
しかし投げかけた疑問を質問で返され、言葉に詰まるエミレス。
「えっと…その…」
エミレスはこの王城で暮らすようになってから、ベイルに苦手意識を持つようになっていた。
感情の起伏の激しさは昔からであったものの、別れる前の彼女はもっと世話焼きでお節介焼きな―――本当の姉の様な人だとエミレスは記憶していた。
だが、今のベイルにはただただ冷たい感情しかない。
彼女から接触してくることなど、城に来た日以来なかったため、どう会話をして良いのかわからなくなっていた。
「…あの…」
エミレスが言葉選びに困っていると、ベイルの深いため息が聞こえてくる。
その吐息に竦んでしまい、エミレスは思わず口を閉ざしてしまう。
静寂となる室内。
反するように外では雷雨による轟音が聞こえ続けていた。
「―――どうしても…貴方に言いたいことがあって来たのよ」
緊張感を和らげてくれるような温かで優しい湯気と香り。
ベイルはその紅茶を一口飲み、続けて言った。
「ずっと…ずっと言いたかったの………私が、貴方を嫌いだってこと…」
「えっ…」
エミレスは目を大きくし、ベイルを見つめた。
そのひと言はまさに青天の霹靂に近いものだった。
聞き間違いかと耳を疑い、信じようとはしなかった。
急速に顔面蒼白となっていくエミレスを見つめ、ベイルは微笑み更に告げる。
「だって…貴方って醜いでしょ?」
「…!!?」
声にならない悲鳴を洩らすエミレス。
しかしその悲鳴は無情にもガラス窓の揺らぐ音にかき消される。
「私ね、醜い子が嫌いなのよ。何そのそばかす。可愛くもない顔して…体型も昔より太ってんじゃない?」
聞きたくない言葉が続き、エミレスの表情はより一層と曇っていく。
これが夢ならばどれほど良かったことか。
顔は急速に熱を持ち、瞳から自然と涙が溢れ、零れ落ちる。
そして、搾り出せる精一杯の声で反論した。
「なんで…急に、そんなことを……?」
「決まってるでしょ?」
ベイルは即答した。
そして紅茶を一口飲み、口早に声を荒げた。
「私は醜い貴方がずっと嫌いだった。これが妹になるのかと思うと、最悪だったわ………別邸で暮らすことになったときはせいせいしたくらいよ! でも…貴方がこうして戻ってきてしまった。部屋に引き籠っていたままなら未だ可愛げもあったけれど……最近はろくな努力もせず醜いままのくせに、周囲にちやほやされて自分は前向きに変わったと思い込んでいる……私はそれが許されないのよ!」
エミレスは俯き、涙を流し続ける。
寒くもないのに体中の体温が奪われていくように感じた。
凍えるように震える唇で、エミレスは言う。
「ひどい……」
それは自然と出てきた言葉だった。
何とか気丈に保っていられるだけ、エミレス自身でも奇跡だと思った。
いつこの心が崩壊し、感情が爆発してしまうか―――逃げ出してしまうか、彼女にもわからなかった。
なのに、ベイルの罵声は未だ止みそうになかった。
「…は、ひどい? それは貴方の方でしょ!?」
怒りの表情を見せ始めるベイルは、持っていたカップを叩き割る勢いでテーブルに置き、声を荒げた。
「貴方が何をしたかわかってるの? 貴方があの日、何をしたのか……私は貴方を許してはいないの! 絶対に許さないんだから!!」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる