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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
54連
しおりを挟むエミレスはゆっくりとであったが、着実に変わっていった。
まるで、今までの抑えていた気持ちが爆発したかのように。
自分の思いをやっと曝け出せるようになったかのように。
そのおかげか自然と、エミレスに対する噂も消えていった。
そして、そのことを何より喜んでいたのは国王スティンバルだった。
彼もまた、エミレスの良くない噂を小耳に挟んでは心を痛めていたのだ。
「―――そうか、エミレスがそんなにも…」
「はい、最近は本当に素晴らしい笑顔を見せるようになりました。それと…今度、国王様、王妃様と是非お食事を取りたいと仰っていました…」
「そうか…」
謁見の間にて、スティンバルはクレアからエミレスの最近の様子を聞いていたところであった。
彼は妻からではなく、クレアからエミレスの現状を聞くようになっていた。
「それでは、私めはこれで…」
「ああ、引き続き頼む―――それと、護衛に『あまり暴れてくれるな』と言っておいてくれ」
「かしこまりました」
クレアは微笑みを浮かべながら丁寧に腰を曲げ、それから静かに謁見の間を後にした。
事の始終を聞いたスティンバルは嬉しそうに口元を緩ませ、そして安堵した吐息を洩らす。
「…食事、か……確かに久々だな。そうか…楽しみだ……」
言葉からも滲み出ている喜び。
しかし、そんな彼とは相反するかのように、隣にいたベイルは眉を顰めていた。
「でもあなた…今日も明日も会議があるって―――」
「会議など早く切り上げることも出来る。先延ばしでも構わないだろ」
「でも…でも……」
そう言って彷徨う視線。
真っ直ぐに見つめる夫から目を背け、ベイルは重い口を開く。
「貴方はあの子を目の前にして、平気なのですか…?」
「…それはどういう意味だ……」
彼女も義妹に対し、外見がどうのと気にしているのだろうか。
と、スティンバルは僅かに眉を顰める。
だがベイルが気に掛けていたものは、そんな生易しいことではなかった。
「―――だって、その傷は…痛まないの…?」
彼女の言葉を聞いた途端、スティンバルは顔色を変えた。
その片眼を大きく開かせ、そして即座に妻を睨みつける。
「以前言ったはずだ、そのことは二度と口にするなと…まだ気にするのか、そんなことを…」
いつもの冷静さを欠いた、怒りを含ませた国王の声。
周囲にいた兵士たちも何事かと動揺を隠せずにいる。
兵士以外にも、この場には何人かの従者もいた。
彼らは皆、スティンバルの傷の事情を知らない。
だからこそスティンバルは言葉を選んでおきたかった。
「そんなこと…アレは“そんなこと”で済まされることじゃあないのよ!」
しかし、感情的になっていくベイルはそうではなかった。
顔を真っ赤にさせ、甲高い声で夫を睨み返している。
彼女の荒々しい声が、言ってはいけない言葉を言おうとしているのが、スティンバルには解った。
「私だって傷ついているのに…恐ろしかったのに…あの子が『あの日』どんなことをしたか―――」
直後。
皮膚と皮膚が叩く音が室内中に響いた。
今度はベイルが目を丸くさせ、スティンバルを見つめる。
ベイルの頬は僅かに紅く腫れ始め、彼女は自身の掌を其処に当てた。
呆然として、何が起こったか理解出来ないと言った様子でいた。
「すまない」
スティンバルはしてしまってから、それを後悔した。
自分の手を見つめながら眉を顰め続ける。
「…だが、口を慎め。そのことについては―――もう忘れろ」
平静を保ちながらそう言い、彼は玉座から離れる。
そして「しばし休む」とだけ告げ、スティンバルはその場から一人立ち去った。
国王が謁見の間から姿を消して間もなく。
その場で静観していた兵士たちが一斉にどよめき始めた。
彼らも驚きを隠せなかった。
何せ、王が王妃に手を挙げたことなど、今まで一度も見たことがなかったからだ。
珍しい事態に動揺する兵士や従者たちの視線は、自然と王妃へと向けられる。
それをひしひしと感じたベイルは居ても立っても居られず。
無言のまま、夫を追うかの如く謁見の間を飛び出て行った。
冷静に。平常心を保ちながら。感情を表さないように。
ベイルは速足で誰も居ない場所を目指した。
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