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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
44連
しおりを挟むエミレスの件については内密であり、口外は禁止とされていた。
が、しかし。
いつからか何処からか彼女の話しは城内中に知れ渡り、更には王都中にまで噂は広まってしまった。
王都の民たちは次第に『王城には引きこもり王女がいる』と囁くようになった。
兵士たちは日が経つごとに善し悪し問わずの噂を口にし、世話役や侍女たちは身を案ずる会話だけで終わる。
しかしその一方でエミレスについて打開策がないかと模索する声があったのも事実だ。
『医師に診せてはどうだ』
『彼女をもう一度別邸の近辺に戻すのはどうだ』
『そもそも国王はちゃんと王女と話しているのか』
様々な声が上がってはいたが、それらは全て“彼女”によって斥けられた。
「彼女は病気で精神を病んでいるだけ」
「だから仕方がない」
「今に治る、私がちゃんと治して見せる」
その言葉と懸命なベイルの姿を見ては、誰もそれ以上口出しすることは出来なかった。
義妹を想うとても優しく献身的な義姉。
傍から見れば、誰もがそう思っていた。
「―――それじゃあ、今日もこれを届けておいて」
だが、実際はそうではない。
「はい、承知しやした」
城の裏手―――今や誰にも使われていないその庭にベイルの姿はあった。
鬱蒼と生い茂る雑草。
城内の庭とは思えないほど全く手入れの去れていない花壇。
魚も水さえも無い、苔むした噴水の跡地。
人気の全くないその場所で、ベイルはいつもエミレスの御目付役に食事を手渡していた。
「パンにミルクの瓶…だけ、ですかい?」
「あの子の好みなんてもう忘れちゃったし、それだけあればとりあえず死にはしないでしょ?」
彼女の御目付け役―――もとい、密偵であるゴンズは籠の中に入っているものを確認しつつ、尋ねる。
ベイルは至って淡々と、というよりも冷淡にそう言って踵を返した。
周囲が噂するよりも、現実のベイルは冷酷だった。
いい言葉ばかり人前で並べていたが、実際はエミレスに対して、何もしていないのだから。
こうして最低限の食事を用意しているだけまだマシなのだろうが。
それでも、人目を避け、王城内でも肩身の狭い密偵を選ぶ辺り想像以上に強かだ―――と、ゴンズは思う。
だがこれでも彼女は現国王の現妃なのだ。
反論する事も出来ず、今日もゴンズは素直に籠を受け取る。
「―――王女様の食事とは到底思えんけどな。従者の方がよっぽど美味いもん食ってるだろ」
が、しかし。
素直でいてくれないのが、ゴンズの弟子であった。
背後から聞こえてきたいつもの皮肉交じりの言葉に、ゴンズは思わず頭を抱える。
「せめて手紙の一通でも書いてやりゃあ良いじゃないか。その方が味気のない食事よか骨身に染み入りそうだがな」
師の苦悩を知ってか知らずか、弟子であるラライは睨むような視線をベイルに向ける。
いつものことであるが、威嚇にも似たような鋭い眼光を、妃に向けていた。
「す、すんません! この何にも知らないばか弟子が…!」
ゴンズは慌てて弟子の頭を殴るように掴み、強引に頭を下げさせる。
自らも、これ以上にないと言う程に腰を折り曲げ、頭を下げた。
「…別に良くてよ。飼い犬だって牙を剥きたくなるときくらいあるでしょうし」
しかし、意外にもベイルの反応は薄く。
顔色一つ変えず、冷たい視線だけを二人へと向ける。
「手紙なんか書いてもあの子にこの気持ちが伝わるわけないでしょ?」
独り言のようにそう言い残し、踵を返す。
そして何ごともなかったかのように、あっという間に去って行った。
ゴンズはその間もずっと頭を下げていた。
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