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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
42連
しおりを挟むその夜、謁見の間ではエミレスの現状が秘密裏に報告されていた。
侍女の一人が困った表情を浮かべて告げた後、そそくさと退室する。
侍女の姿が無くなって、真っ先に口を開いたのはベイルだった。
「だから言ったでしょ? あの子はあの事件がきっかけで精神を病んでいるのよ」
「…しかし、一年前に貰ったリャン=ノウの報告書にはそうと記載されてなかったが…?」
スティンバルの言葉にベイルは慌てた様子で否定する。
「それは嘘に決まっているわ!」
声を荒げる彼女に、スティンバルは目の端で彼女を見つめた。
彼女は直ぐに夫である彼から視線を逸らし、話を続ける。
「……だって、ノーテルの別荘地を襲ったのはリョウ=ノウかもしれないって報告が来たじゃない! それなら彼が手を付け加えて報告していたのかも…」
「遺体がなく行方不明なだけだ。まだ憶測でしかないし、本人の口から聞かない限り事実はわからん。そもそも…『病気ではない』と虚偽の報告をする利点がわからない」
「それは……」
国王の眼光に、思わず狼狽えてしまうベイル。
が、それでも彼女は引かず、鋭い瞳で夫を見つめた。
「でも、彼らはそもそも“あの男”の子供なのよ…きっと“あの日”について嫌がらせをしている可能性だってあるわ」
「あの日の話しはするな!」
突如として発した国王の怒声に、辺りは一瞬にして静まり返る。
同時に、張り詰めた重苦しい空気が広がっていく。
構わずにスティンバルはベイルを睨みつけた。
「もう済んだ出来事の話は…もう二度と口にするな……」
そう言うと彼は静かに王座から立ち上がる。
追いかけようとするベイルの手も空しく、スティンバルは足早に謁見の間を後にしてしまった。
ベイルは暫くその場に立ち尽くしていたが、そのうち彼女も静かにその場から逃げるように出て行った。
いつもならば夫の寝室へと足を向けるはずのベイル。
しかし今日は、真っ直ぐに自分の寝室へ向かった。
後を追う侍女も部屋に入れず。
明かりを灯すこともなく。
寝室に飛び込んだベイルは真っ先に近くの壁を殴りつけた。
「これじゃあ私が悪者みたいじゃない! 私はいつだってスティンバルのためを思っているのに…」
歯がゆさと悔しさ苛立ちに、ベイルは何度も壁へと当たる。
手に痛みが伝わってきては、今度は近くにあった置物を投げつけ、テーブルクロスを引き破った。
当たり散らすその様は、喚き散らす子供と大差はなく。
と、ベイルはあるものが目についた。
「な、何よこれ…」
散乱したテーブルの食器や花瓶に紛れ、一通の封筒が落ちていたのだ。
嫌でも目についたそれは真っ黒に染められていた。
「誰の悪戯よ…最悪の侍女ね……」
そんな文句を言いながら、彼女は恐る恐るその封筒に手を伸ばす。
慎重に、蝋で押された封を開け、中の手紙を見た。
手紙にはこう書かれていた。
『貴方が闇へ堕ちるとき、貴方の夫は愚妹の苦しみから解放されるでしょう。
もしもその覚悟が貴方にあるのならば、私はいつでも城の裏庭にて待っています。』
送り名は書かれていない。
しかし、書かれていた文字にベイルは見覚えがあった。
恐らく彼女が送り主を直ぐに悟ることの出来るよう、わざと昔のクセを見せていると思われた。
「愚妹の苦しみから解放される……ふふ…願っても無い話ね……」
ベイルは独り、そう呟く。
それから彼女は手紙を片手に、部屋を出て行く。
明かりも灯されず、真っ暗闇の室内。
誰もいなくなったその室内では、窓から月明かりがゆっくり寂しく射し込んでいった。
*
『背景、兄様 義姉様。
同じ城内にいるというのに全然会う機会がなく、こうして手紙に今の気持ちを書き認めようと思います。
最近、私はよく夢を見ます。
懐かしいノーテルにいた頃の夢です。
隣にはリャンがいて、いつも笑わせてくれて励ましてくれて…。
その反対にはリョウがいて、優しくて物知りで格好よくて…。
中庭にはたくさんの花が咲いていて…。
とても素敵な夢です。
私はその花一つ一つが、大好きでした。
もちろん、リャンもリョウも…ノーテルにいた人たち皆大好き。
兄様や義姉様だって大好きです。
でも…兄様と義姉様はきっと私が嫌いなんですよね。
だから、王城に戻ってきても昔のように会ってはくれない。
笑いあうことも楽しむこともない。
毎日何もない。
一人ぼっちです。
だから寂しいです。
戻れるのなら、私はあの頃のように ―――――』
*
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