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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
41連
しおりを挟むそんなとき、また扉の向こうからノックの音が聞こえた。
(どうせまた勉強の心配しかしないのに…)
しかし、エミレスは反応することなく。
そのまま布団に潜り込んだ。
案の定、暫くと経たないうちにその音は消える。
再び静寂となる室内。
エミレスは喉の渇きを忘れるべく、眠りにつこうとした。
ウトウトと、閉じられていく瞼。
と、そのときだった。
大きな破壊音が部屋中に轟いた。
「―――っつー…着地失敗だ…!」
遂に扉を蹴破ったのかと、エミレスはベッドから飛び起きた。
が、その前方にいたのは尻餅をつくラライであった。
彼は顔を顰めさせながら腰に手を当てていた。
「嘘…」
思わず漏れ出てしまった言葉。
扉は蹴破られてはいなかった。
彼は4階であるこの部屋へ、唯一ある窓を蹴破って突然飛び込んで来たのだ。
驚くエミレスを他所に、ラライは体を起こし気まずそうに片手を上げて言った。
「あー、思ったより元気そうだな…」
思わず、エミレスはラライを見つめる。
が、彼の睨むような目つきに直ぐ様視線を逸らす。
「あのよ……」
「…」
「まあ、なんだ、その…」
気まずい空気が漂う。
言葉を詰まらせるラライに、エミレスもまたぎゅっと堅く口を噤む。
「…」
「おい…もっと、なんか驚いたとか何で入ってきたとか、言っても良いところだろ」
不意に手を振り上げて見せるラライ。
と、エミレスは脅えて目をきつく閉じる。
その様子を見て、ラライは舌打ちを洩らし、手を下ろす。
「ちっ―――オレは強盗かなんかかっての…」
そう呟くラライ。
するとそのときだ。
身体を起こしていたエミレスが、ベッドの上に倒れた。
「おい、大丈夫か?」
即座にラライは彼女の傍に駆け寄る。
見れば随分と呼吸が浅く、目元は腫れ上がっている。
「随分と…泣いてたようだな…」
小さく頷くエミレス。
「水が…」
「もしかして…飲んでないのか、ずっと…?」
もう一度頷く彼女に、ラライは軽く吐息を洩らした。
直ぐに彼はテーブルに置かれてあった水差しとグラスを手に取る。
「こういうときは塩も取った方が良いってじいさんが言ってたからな」
そんな独り言を洩らしながら、彼は懐から小袋を取り出した。
色々と重宝される塩は、密偵である彼らにとっては常備品で。
故に丁度持っていたのだ。
「とりあえずこれ飲んで…ちゃんと寝てろ」
ラライは岩塩を少しだけ削り、水を注いだグラスへ入れた。
そしてそれを手渡そうとした。
が、彼女はグラスも上手く受け取れなかった。
指先が僅かに震え続けていた。
呼吸は浅く、本来ならば医師に診せた方が良い症状だと思われた。
しかし、現状のエミレスはそれを望まないだろうと、ラライは推測した。
「―――嫌がるなよ?」
小さく舌打ちをした後、ラライはグラスをエミレスの口元に運んだ。
そして、半ば強引に飲ませたのだ。
拒む暇さえ与えなかった。
ごくりと、音を立てて体内へと入っていく水分。
零れ落ち、寝間着を濡らしてしまったものの。
構わずにラライは彼女を布団に寝かせた。
「あのな、そんな…嫌だったのかよ…」
思わずそんな言葉を洩らすラライ。
だがそれも無理はない。
先ほどまでぐったりしていたというのに、エミレスは急ぐように布団の中へ顔を隠してしまったからだ。
まるで亀のようにすっかりと潜り込んでしまったエミレス。
ラライはもう一度、深いため息をつく。
「そんなに脅えなくても良いだろうに…」
しかし、エミレスは籠ったまま。
ラライの言葉に耳を傾けている様子もない。
暫くの沈黙が広がる。
それを見た彼はも舌打ちした後、窓の方を見つめた。
「面倒くせーけど、また来る」
ラライはそう言い残して、窓の向こうへと去っていった。
予め屋上から下していたロープを伝い、ラライは軽々と屋上へ登り戻って行く。
と、登る最中ラライは不意に顔を顰めた。
(―――確かに、精神を病んでいるのは間違ってないかもな)
屋上へと辿り着いたラライは兵士たちに見つかる前に、さっさとその場を立ち去る。
部屋でまた独りになってしまった彼女を、記憶の端で思いながら。
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