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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

33連

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 場所は移り王城内、廊下。
 そこを一人の女性が悠々と歩いている。
 整った妖艶な顔立ち。
 艶やかな金の髪を靡かせ、バイオレットカラーのドレスがとてもよく似合っている。
 気品溢れ、如何にも王族と主張している彼女であるが、侍女は一人も連れていない。

「…ちょっと」

 彼女はふと立ち止まり、廊下を通りがかろうとしていた一人の兵士へと声を掛けた。

「こ、これはベイル様。なんでしょうか…?」

 ベイル様、と呼ばれた女性は兵士が手にしている献上品―――封書の束を見つめる。

「彼の部屋に封書が全然溜まっていないと思ったら…未だ届けていなかったのね?」
「も、申し訳ございません…担当の兵が体調不良で、検品などに手間取ってしまいまして…」

 口早に言い訳し、何度も頭を下げる中年の男性兵士。
 と、ベイルは彼へ掌を出して見せた。

「良いのよ良いのよ。大変だったでしょう…この封書は私が届けておくわ」
「そんな、滅相もございません! 王妃であらせられるベイル様に荷物運びなど…!」

 頭を素早く振り続ける兵士。
 だが、困惑する彼を他所にベイルはその封書の束が置かれた箱を半ば強引に取ってしまった。

「遠慮しないでいいわよ。それに、これは私がいつもしていることなんだから」

 恐れ多いと頭を下げつつも、代役として運び係をしている兵士は彼女の言い分を信じるしかなく。
 更に頭を下げながらベイルにその木箱を手渡した。

「それじゃあお疲れ様。貴方は自分の任に戻って良いわよ」

 そう言い残すとベイルは踵を返し、廊下の向こうへと消えて行く。
 曲がり角で彼女の姿が見えなくなった頃、別の兵士が男を見つけ、声をかけた。

「副隊長! 探しましたよ。ご命令があって呼んでいたとか…」
「いや、そうだったんだがな…」

 駆け寄ってきた若い兵士に、中年男性の兵士は頬を掻きながら言う。

「国王様宛の書簡が溜まってしまってたんでな、お前に届けるよう頼もうと探していたんだが…」
「もしかして、ベイル様に…?」

 二人はベイルが消えて行った廊下の彼方を見つめ、話す。
 中年の兵士が「ああ」と答えると、若者の兵士は「やはり」と返す。

「検品係りの者たちから聞いてましたが、有名らしいです。いつも国王様のためにと、自ら赴き、書簡や献上品を王の部屋へ代わりに運んでくれるそうで…」

 そう語り、若者の兵は深く頷きながら「本当に、美しくとても素晴らしい奥方ですよね」と褒めちぎる。
 と、中年の副隊長は彼の脇を小突いた。

「だからといって、惚れてはならんぞ…?」
「わ、わかってますよ!」

 若干紅くなっていた顔色に気付き、若者の兵士は慌てて頭を振った。



  見送ってくれている兵士たちの視線を後ろで感じながら悠々と歩くベイル。
 であったが。彼女は廊下を曲がるなり、そそくさと足早にある部屋を目指す。
 その部屋は国王の部屋ではなく、客人向けの空き部屋だった。
 ベイルは何の迷いもなく、テーブルに木箱を置き、書簡、封書一通一通に目を通し始めていく。
 殆どが地方からの報告書やパーティの招待状といった類である中、彼女は一枚の手紙に手を止めた。

「これだわ…」

 薄桃色の手紙。
 裏にはアドレーヌ王家の紋章である“水晶に包まれる女神”の蝋印が押されていた。
 中を確認せずとも、ベイルは送り主に心当たりがある。
 もう十年近く同じ封書で送ってきているのだ。
 間違うはずもない。
 
「……本当に性懲りもなく…」

 と、ベイルはその手紙を躊躇なくビリビリと破り始めた。
 中の文書を読むこともなく。
 縦に横に斜めにと、修復が出来ない程に細かく裂いてしまう。
 そうして小指の先ほどのサイズにまで微塵になった紙切れを、部屋の窓を開け放ち、投げ捨てた。
 紙切れとなったそれはまるで花びらのように宙へと舞っていく。
 美しく、しかし呆気なく。
 それは誰の目にも止まることなく、風の彼方へと散っていった。

「全てはスティンバルの―――この国のためなのよ」

 自分に言い聞かせるように。
 彼女はそう呟き、何事もなかったかのように窓を閉めた。
 そして、木箱を手に取り、部屋を出て行く。
 先ほどと同じく、美しい容姿で悠然と。



 散り散りとなってしまった手紙。
 もう誰にも読まれることのない手紙。
 その手紙にはこう書かれていた。









親愛なるお兄様、お義姉様方へ



お元気ですか?

私は相変わらず元気にしています。

お兄様、お義姉様と離れて暮らしてから既に10年が経ちました。

町は相変わらず賑やかで、相変わらずな毎日を過ごしています。

お二人もお変わりはありませんか?

もう10年が経ってしまったから…

私はお兄様、お義姉様の姿を想像することしか出来ず、残念に思います。



ですが、寂しいと言うわけではありません。

別邸の人たちは皆楽しくてとても親切です。

だから私は、全然寂しくはありません。

ですが、たまにはお二人が遊びに来てくださるととても嬉しいです。

また昔のように庭園で手作りのお菓子を食べたり語り合ったりしたいです。

それでは、いつも多忙な毎日を過ごしているかと思いますが、ご自愛下さい。




追伸・もしも暇があるのならば、お返事をお待ちしています。



                       お二人の妹より











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