101 / 307
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
29連
しおりを挟む用意されていた衣服―――真っ白なツーピースに着替えたエミレス。
余り好みではないその色合いは、間違いなくリャン=ノウが選びそうなものだと思わず苦笑を浮かべる。
ようやくずぶ濡れの服から着替えられた心地良さもあってか、エミレスは勇気を出して馬車の外を覗き込んだ。
「おお、着替えは終わりましたかい?」
と、エミレスの姿を見つけたゴンズが直ぐに反応し、声を掛ける。
よく見ると彼は隻腕で、他にも顔や二の腕には痛々しい傷痕が残されていた。
思わず頷き、返答するエミレス。
「では此方へ…大したものじゃございませんが食べてくだせぇ」
そう言ってエミレスを馬車の外へと促すゴンズ。
見るとそこには夕飯と思われる料理が用意されていた。
木箱をひっくり返しただけの簡易テーブルと椅子。
そこにはハード系のパンと豆と野菜の炒め物が置かれている。
そして湯気立つ紅茶の甘い香り。
想像もしていなかった温かな食事風景に、言葉を失うエミレス。
そんな呆けていた彼女へ、もう一人の男―――ラライと言われていた彼が近付いてきた。
「毒なんかは入ってないから安心しろ。冷める前に食っちまえよ」
「なんと物騒な…ばか弟子が!」
ゴンズの怒号を背に受けつつ、ラライは無言のままエミレスへ手を差し伸べる。
馬車から降り易くする気遣いであることは直ぐに気付いた。
「あ…」
が、思わず動揺の声を洩らすエミレス。
赤の他人の―――ましてや異性の掌。
極度の緊張に、全身が硬直し、体温が急上昇していく。
「だ、大丈夫…です…」
鋭すぎる彼の眼光から逃げるように視線を背け、エミレスは自身の力で馬車から降りた。
エミレスが食事中も、ゴンズは懸命に彼女を気遣っていた。
その様子から彼が悪い人ではないこともひしひしと伝わってくる。
むしろ、何処か懐かしい優しさを抱くほどだ。
そんな彼のおかげか、エミレスは自分でも意外なほど恐れることなく食事することが出来た。
「―――私めらは表向き花卉栽培や庭師としてノーテルの街に居座っていやした」
そうして粗方食事を終え、エミレスが温かな紅茶をもう一杯飲んでいたところ。
おもむろにゴンズがそう口を開いた。
「そして有事の際…もしもの事態が起こったときに密やかに行動しエミレス様を御救いするように、リャン=ノウに頼まれとりました」
日も落ち、真っ暗な夜空が広がる中。
傍らに焚いてある焚火の爆ぜる音だけが周囲に響く。
辺りには背の高い森林に囲まれており、荷馬車が特に濡れなかったのもこの木々のお陰のようだった。
「あの、何かが…あったんですか…?」
もしもの事態に動くよう命を受けていた彼らが、今こうして此処にいる。
それはつまり“何かが起こった”と言わずも語っているようなものだった。
襲い来る不安と想像に、エミレスの顔から血の気が引いていく。
「教えて、下さい…」
囁くような小声だが、彼女なりに精一杯の声量で尋ねた。
しかし、ゴンズは直ぐに答えようとしない。
言葉を選んでいるのか、口を噤んだまま俯いている。
すると、それまでずっと蚊帳の外でいたラライがため息をついてみせた。
そのわざとらしいため息に、エミレスの視線は自然と彼の方へ向く。
と言っても、彼の鋭い目つきはエミレスにとって恐怖心を駆り立てるため、彼の顔の下の方を見ていたわけだが。
「アンタらの屋敷が何者かに襲われたんだよ」
ラライは迷うことなく言った。
「こ、こら!」
耳を疑うような言葉。
信じられなかったが、彼らがそんな嘘で騙すような人物にも見えない。
それどころかゴンズの慌てる様子がエミレスに確証を与えてしまう。
「……襲われた…」
「まあ、襲撃者については城の連中が動き出すだろうし、直ぐにわかると思うが――」
と、ラライの口が止まった。
ラライは目を大きくさせ、真正面にいたエミレスを凝視する。
彼女が、大粒の涙をこれでもかと言う程に流していたからだ。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。
松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。
全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
悪妃の愛娘
りーさん
恋愛
私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。
その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。
そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!
いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!
こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。
あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる