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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

24連

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『あのね、街中で迷子になったときに助けてくれた人がイニムっていう一族の人でね……』

 あの日のエミレスの言葉が、リャン=ノウの脳内で反響する。
 どうしてもっと深く考えなかったのだろう。
 リャン=ノウは酷い後悔に、立つこともやっとと言う程の眩暈に襲われる。
 イニムとは――ネフ族のこと。
 何故そんな男が、エミレスに近付いてきたのか。

 「実を言うとね、僕の目的はエミレスへの復讐だけじゃないんだよね…だからリャンには感謝しているんだ。エミレスを作戦通り逃がしてくれてありがとうって」

 真っ暗になっていたリャン=ノウの意識が、弟の高笑いによって呼び戻される。
 彼女の背後でリョウ=ノウはしてやったとばかりに、歓喜の笑みを見せ付けていた。

「まさか…復讐のためにエミレスを……あの力を利用する気か…」
「その通り。あれを使わない手なんてないでしょ」

 直後、リャン=ノウは全身の力が抜けてしまったかのように、静かに座り込んだ。
 同時に、自分の気転が無駄骨であったと―――一矢さえ報いていなかったと理解した瞬間でもあった。
 リャン=ノウはなんとも例えられない感情に襲われた。
 一卵性のまったく同じ顔が、今目の前で思いもよらない悍ましい企みを話し、そして笑っている。
 弟に裏があるということは前々から知っていた。
 が、実際に起こってしまった最悪の光景が、リャン=ノウには耐えられなかった。

(これだったらもっと早く…友人について調べておけばよかった……)

 自分の甘さに力無く奥歯を噛みしめる。



 エミレスにとって、“友人”という存在は必要だと、リャン=ノウはその存在を心から認めていた。
 勿論“友人”によって感情の変化が激しくなるデメリットもある。
 が、それでも新しく出来た“友人”はきっとエミレスを良い方向に導いてくれると、すっかり確信していた。
 誤算があったとすれば、その“友人”の素性が想定以上に知れなかったこと。
 当然エミレスには内密でリャン=ノウはその“友人”について調査していた。
 報告では特徴的な外見以外は至って普通の好青年だとのことだった。
 しかし、そもそもその“友人”がリョウ=ノウと繋がっているとなれば話は別だった。
 調査依頼をしていた兵や従者たちも、恐らくリョウ=ノウによって買収されていた可能性が高い。

「だから言ってたじゃん? いつか大変な事態を招くって…」

 後悔と絶望に襲われるリャン=ノウを後目に、リョウ=ノウは勝ち誇ったような笑みを見せる。
 そして嵐にも負けないほどの、大きな笑い声を上げた。

「…ホンマ、狂ってんねん、アンタ」

 俯いていたリャン=ノウが、ポツリと呟く。
 彼女の呟きを耳にしたリョウ=ノウはその高笑いを止めた。

「だからさぁ、その下手真似な訛り止めてってば…本当にイライラするんだよ、下手くそ過ぎて」

 顔色は伺えないが、その声色で彼の苛立ちが手に取るようにリャン=ノウにはわかった。
 エミレス以上に長く過ごして来た双子の弟だ。
 彼の逆鱗の触れ方くらい、熟知していた。

「自分かてきっしょい敬語使っててよう言うわ。アンタがどうエミレス利用しようとしとんのか、なんとなく想像つくけどな…これだけは言っとく―――」

 直後、リョウ=ノウはリャン=ノウに飛び付き、その首を掴んだ。
 勢いそのままに二人は倒れ、姉弟は馬乗り状態となる。

「だから…その口調止めろって…!」

 雷の閃光から覗くリョウ=ノウの表情に、先ほどまでの笑みはなく。
 対してリャン=ノウは皮肉と最期の抵抗を込め、力強く笑う。

「予言、したるわ…アンタは…エミレスに負ける…だって、何にもわかってへんもん……乙女の強かさ舐めんなや…!」
「うるさいっ、うるさい、うるさいうるさいっ!!」

 首を絞める指先が、更に筋へと食い込んでいく。
 リャン=ノウは息苦しさに顔を顰めることも、抵抗することもなく。
 ただただ、弟の前で勝ち誇った笑みを見せつけた。

「ああもう、いいよ、消えちゃって―――やってよ、フェイケス!」

 そう叫ぶとリョウ=ノウはリャン=ノウから手を放す。
 圧迫からの解放感と流れ込む空気の心地良さに激しく呼吸を繰り返すリャン=ノウ。
 が、それは決して生を許されたわけではない。
 倒れ込んでいる彼女の頭上で、紅い双眸の男が剣を構えていた。
 雷光で時折煌めく切っ先は鮮血に染まっており、ぽたりと彼女の胸元に滴り落ちていく。

「さようなら、姉さん」

 皮肉めいた姉と呼ぶ声。
 リャン=ノウはゆっくりと顔を上げる。

(やっぱ普通に逃がしとった方が良かったんかな…まあもう手遅れやし、後は“隠し玉”たちに任せるしかないか……)

 見上げた先にいた紅い双眸の男。
 彼女を静かに見下ろし、今まさに剣を落とさんとする男。
 その顔は僅かに顰められており、見つめていたリャン=ノウは自然と笑みを零した。

(しっかし、あの子……こんな男を好きになって…ホンマ……しょうもないな…)







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