そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
95 / 325
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

23連

しおりを挟む









「裏切り者? なんの話ですか…?」
「とぼけんなや…あんたが何か企んどるっちゅーのはわかってるんやで」

 困惑しているように顔を顰めるリョウ=ノウへ、リャン=ノウは言葉を強め、言う。

「それ、どないしたん…?」

 彼女の食指が、リョウ=ノウの手にしていた抜き身の剣を指す。
 嵐に荒ぶ曇天の明かりに照らされたそれは、真っ赤な鮮血で塗られていた。

「―――ああ、拭くのが面倒で忘れてましたね」

 そう言って正面に立つ双子の弟は、静かに口角を吊り上げさせた。
 不敵に、不気味に。

「もう止めや、そのあざとい敬語…ずっと虫唾が走ってたんや」

 リャン=ノウも対抗するかの如く、無理矢理口角を上げる。
 と、突然くっくと笑い声を零したリョウ=ノウはゆっくりと歩き出しながら、口を開く。

「さすがリャンだね。僕も同じこと思ってたもの…その似非ムト南部訛り……父さんの真似しているようでずっと虫唾が走ってた」

 彼はそう言うとおもむろにテーブルへと近付く。
 エミレス好みの可憐な花が活けられた、質素な造りのテーブルだ。

「―――そう、やっぱりこの謀反の原因は父さんの…」
「当たり前じゃん、他にどんな理由があってあんな憎い醜い小娘の傍に就くってのさ」

 淡々とそう話すリョウ=ノウの豹変した姿へ、リャン=ノウは顔を顰める。
 彼女の睨みも他所にリョウ=ノウはテーブルに敷かれていた真っ白なテーブルクロスを思いっきり引っ張った。
 その勢いに花瓶は倒れ、水と花々は無惨に散らばり落ちていく。

「…屋敷の人たちはどうした?」

 と、質問するリャン=ノウではあったが、察しは付いていた。

「これを見れば解るでしょ。邪魔だから消したよ」

 予想通りの回答に、彼女は更に奥歯を噛みしめる。
 何せエミレスとリャン=ノウがあんなにも激しく言い争ったというのに、リョウ=ノウ以外、誰も姿を見せに来ていないのだ。

「…随分と回りくどいことするもんだね」
「僕はリャンと違って慎重な方なんだよ」

 このときを狙って実行に移したのだろう。
 嵐の騒音によって執事や侍女たちの悲鳴や断末魔は周辺どころか、エミレスの耳にも届いてはいないようだった。

「慎重ね……けど、ボクはずっとリョウを信じてたよ。裏で何か企ててるんじゃないかって」
「それはどうも」
 
 リョウ=ノウは満面の笑顔で応えた。
 だがその笑みにいつもの優しさや穏やかさはない。
 彼の中の悪意そのものを映しているように、とても歪な笑みだった。

「いい気にならないでよ…それで勝ったと思ってるの」

 冷静に、しかし嫌な汗を滲ませたままリャン=ノウは口を開く。

「リョウの魂胆は解ってるよ。エミレスへの復讐…でしょ」

  相変わらずリョウ=ノウはくすくすと無邪気に笑って見せている。
  が、笑みを浮かべているのはリャン=ノウも同じだった。

「でも残念だったね、エミレスはもう此処にはいない。今頃会いたい彼のもとへ向かって外さ」

 開いたままの窓が、ガタガタと揺れ動き、そこから多量の雨風が室内へ流れ込む。

「僕にはケンカと見せかけて、彼女には下手に刺激しない程度で煽って、外へと誘導する―――リャンのくせに随分と考えたじゃん」
「ははっ、当然でしょ。エミレスのことを誰よりも理解して、一番に支えることがボクの誇りだったんだから」

 リャン=ノウが先ほど見せた豹変っぷり。
 それは全てエミレスをこの屋敷から脱出させるため、咄嗟に付いた嘘と演技だった。



 先刻。
 リャン=ノウはエミレスとの会話中、異変に気付いた。
 それは雨風の音に紛れて聞こえてきた―――侍女や執事たちの悲痛な叫びだった。
 即座にエミレスを逃がそうとした彼女は、エミレスが話しに浸っていて全く気付いていないことを知り、咄嗟にあのような言動をしてみせたのだ。
 傍から聞けば只のケンカにしか聞こえないし、まさか彼女が勝手に逃げ出すとは思わない。
 そして何よりも、この惨状を告げることなく彼女を逃がすことが出来る。

「エミレス王女にストレスを与えてはいけない。恐怖を与えてはいけない。混乱を与えてはいけない。の原則を守ったってわりにはケンカ吹っ掛けるのもギリギリアウトな気がするけど」
「幼い頃から従事てた相手が突然裏切って皆切って暴れ回ってる…なんて説明するよりも、口ゲンカなんて随分可愛いもんでしょ」

 リョウ=ノウはテーブルクロスで剣の汚れを拭き落としながら、大げさに肩を竦める。
 一方でリャン=ノウもまた負けじと勝気に笑みを浮かべたまま言う。

「あの子はな…萎れた花みたいに下ばっか見ているけど…本当は芯のしっかりした逞しく立ち直れる子なんだ。アンタはあの子を見なさすぎた。それが敗因だよ」

 勝ち誇った、勝者の顔を見せるリャン=ノウ。
 試合には負けた―――それも大敗であった。が、でもまだ終わりじゃない。
 一矢報いてやった、と言わんばかりの顔を見せる。
 が、リョウ=ノウには悔しがる素振りもなく。
 剣の手入れを終えた彼は鮮血にまみれた白布を悠長に床へと投げ捨てる。

「今頃きっと…ボクの用意した“隠し玉”がエミレスを保護してくれているはず。そうすればもうアンタは手出しできな―――」
「奇遇だね。僕もこの企てのために“隠し玉”を用意してあるんだ。せっかくだから最期に紹介してあげるよ」

 終始笑みを浮かべるリョウ=ノウ。
 彼は突如、指先をパチンと鳴らしてみせた。
 するとリャン=ノウの背後から突如、気配を感じた。
 静かに、足音も立てず近付いてくるその人影。
 急ぎ振り返った彼女は、暗がりから現れたその人物を見つけ、瞳を見開く。
 閃光と轟音の中、姿を見せた男―――蒼い髪と赤い眼をしていた。






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

処理中です...