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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
23連
しおりを挟む「裏切り者? なんの話ですか…?」
「とぼけんなや…あんたが何か企んどるっちゅーのはわかってるんやで」
困惑しているように顔を顰めるリョウ=ノウへ、リャン=ノウは言葉を強め、言う。
「それ、どないしたん…?」
彼女の食指が、リョウ=ノウの手にしていた抜き身の剣を指す。
嵐に荒ぶ曇天の明かりに照らされたそれは、真っ赤な鮮血で塗られていた。
「―――ああ、拭くのが面倒で忘れてましたね」
そう言って正面に立つ双子の弟は、静かに口角を吊り上げさせた。
不敵に、不気味に。
「もう止めや、そのあざとい敬語…ずっと虫唾が走ってたんや」
リャン=ノウも対抗するかの如く、無理矢理口角を上げる。
と、突然くっくと笑い声を零したリョウ=ノウはゆっくりと歩き出しながら、口を開く。
「さすがリャンだね。僕も同じこと思ってたもの…その似非ムト南部訛り……父さんの真似しているようでずっと虫唾が走ってた」
彼はそう言うとおもむろにテーブルへと近付く。
エミレス好みの可憐な花が活けられた、質素な造りのテーブルだ。
「―――そう、やっぱりこの謀反の原因は父さんの…」
「当たり前じゃん、他にどんな理由があってあんな憎い醜い小娘の傍に就くってのさ」
淡々とそう話すリョウ=ノウの豹変した姿へ、リャン=ノウは顔を顰める。
彼女の睨みも他所にリョウ=ノウはテーブルに敷かれていた真っ白なテーブルクロスを思いっきり引っ張った。
その勢いに花瓶は倒れ、水と花々は無惨に散らばり落ちていく。
「…屋敷の人たちはどうした?」
と、質問するリャン=ノウではあったが、察しは付いていた。
「これを見れば解るでしょ。邪魔だから消したよ」
予想通りの回答に、彼女は更に奥歯を噛みしめる。
何せエミレスとリャン=ノウがあんなにも激しく言い争ったというのに、リョウ=ノウ以外、誰も姿を見せに来ていないのだ。
「…随分と回りくどいことするもんだね」
「僕はリャンと違って慎重な方なんだよ」
このときを狙って実行に移したのだろう。
嵐の騒音によって執事や侍女たちの悲鳴や断末魔は周辺どころか、エミレスの耳にも届いてはいないようだった。
「慎重ね……けど、ボクはずっとリョウを信じてたよ。裏で何か企ててるんじゃないかって」
「それはどうも」
リョウ=ノウは満面の笑顔で応えた。
だがその笑みにいつもの優しさや穏やかさはない。
彼の中の悪意そのものを映しているように、とても歪な笑みだった。
「いい気にならないでよ…それで勝ったと思ってるの」
冷静に、しかし嫌な汗を滲ませたままリャン=ノウは口を開く。
「リョウの魂胆は解ってるよ。エミレスへの復讐…でしょ」
相変わらずリョウ=ノウはくすくすと無邪気に笑って見せている。
が、笑みを浮かべているのはリャン=ノウも同じだった。
「でも残念だったね、エミレスはもう此処にはいない。今頃会いたい彼のもとへ向かって外さ」
開いたままの窓が、ガタガタと揺れ動き、そこから多量の雨風が室内へ流れ込む。
「僕にはケンカと見せかけて、彼女には下手に刺激しない程度で煽って、外へと誘導する―――リャンのくせに随分と考えたじゃん」
「ははっ、当然でしょ。エミレスのことを誰よりも理解して、一番に支えることがボクの誇りだったんだから」
リャン=ノウが先ほど見せた豹変っぷり。
それは全てエミレスをこの屋敷から脱出させるため、咄嗟に付いた嘘と演技だった。
先刻。
リャン=ノウはエミレスとの会話中、異変に気付いた。
それは雨風の音に紛れて聞こえてきた―――侍女や執事たちの悲痛な叫びだった。
即座にエミレスを逃がそうとした彼女は、エミレスが話しに浸っていて全く気付いていないことを知り、咄嗟にあのような言動をしてみせたのだ。
傍から聞けば只のケンカにしか聞こえないし、まさか彼女が勝手に逃げ出すとは思わない。
そして何よりも、この惨状を告げることなく彼女を逃がすことが出来る。
「エミレス王女にストレスを与えてはいけない。恐怖を与えてはいけない。混乱を与えてはいけない。の原則を守ったってわりにはケンカ吹っ掛けるのもギリギリアウトな気がするけど」
「幼い頃から従事てた相手が突然裏切って皆切って暴れ回ってる…なんて説明するよりも、口ゲンカなんて随分可愛いもんでしょ」
リョウ=ノウはテーブルクロスで剣の汚れを拭き落としながら、大げさに肩を竦める。
一方でリャン=ノウもまた負けじと勝気に笑みを浮かべたまま言う。
「あの子はな…萎れた花みたいに下ばっか見ているけど…本当は芯のしっかりした逞しく立ち直れる子なんだ。アンタはあの子を見なさすぎた。それが敗因だよ」
勝ち誇った、勝者の顔を見せるリャン=ノウ。
試合には負けた―――それも大敗であった。が、でもまだ終わりじゃない。
一矢報いてやった、と言わんばかりの顔を見せる。
が、リョウ=ノウには悔しがる素振りもなく。
剣の手入れを終えた彼は鮮血にまみれた白布を悠長に床へと投げ捨てる。
「今頃きっと…ボクの用意した“隠し玉”がエミレスを保護してくれているはず。そうすればもうアンタは手出しできな―――」
「奇遇だね。僕もこの企てのために“隠し玉”を用意してあるんだ。せっかくだから最期に紹介してあげるよ」
終始笑みを浮かべるリョウ=ノウ。
彼は突如、指先をパチンと鳴らしてみせた。
するとリャン=ノウの背後から突如、気配を感じた。
静かに、足音も立てず近付いてくるその人影。
急ぎ振り返った彼女は、暗がりから現れたその人物を見つけ、瞳を見開く。
閃光と轟音の中、姿を見せた男―――蒼い髪と赤い眼をしていた。
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