90 / 324
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
18連
しおりを挟む小鳥が囀りを始め、草木は露を結ぶ黎明の時刻。
エミレスは静かに起床すると同時に、そそくさと身支度を始める。
普段であればまだ寝ている時間帯であったが、準備を進めているのには理由があった。
会いに行く約束を交わしている友人が、その時刻に落ち合おうと言ったのだ。
『明日…君に渡したいものがあるんだ。早く渡したから早朝に会えないかな?』
彼と出会い友人となってから一月半。
この頃になると二人の距離感は少しばかり縮まり、互いに敬語ではなくなっていた。
とはいえ、それ以外に特別な進展はなく。
執事や侍女の目を盗んで会っては他愛のない会話をして帰る。
そんな日々の繰り返しであった。
それ故に彼からの突然の申し出に、エミレスはずっと緊張しっぱなしでいた。
食事は中々喉を通らず、ベッドに入ったものの一睡も出来なかったくらいだ。
「渡したいもの…なんだろ」
一体何をくれるのだろう。
可愛い物か、洋服か。
はたまた花束かもしれない。
やはりこれはプレゼントということになるのだろうか。
そんなことを考えてしまうと一気に妄想は膨らみに膨らみ、止まらなくなってしまうのだ。
エミレスはまた手が止まってしまっていたことに気付き、我に返ると同時にバルコニーの窓を開けた。
友人と会いに行く。
最近はちゃんとそうお願いさえすれば、リャン=ノウは外出を許可してくれていた。
だが、日時や時間帯によっては許可が下りない場合もある。
そしてこの時間での外出は絶対に許可されない。
だからエミレスはリャン=ノウたちに黙って外へと行く。
「ごめんなさい、リャン…」
そう独り言を呟きながら、エミレスは手慣れた手つきでバルコニーから縄梯子を使い降りていく。
始めの頃は直ぐに力尽きて落下してしまい、尻餅程度の怪我を何度もしていた。
だが、今ではすっかり慣れ、そのお陰か両腕には逞しい筋肉が付いてきている。
地面に足が付くとエミレスは握っていた縄梯子を近くの木の枝へと引っかける。
遠目で見れば気付かれることはない。
「よし…」
それからエミレスは手入れの施されていない草むらをかき分け、いつも通りの裏口から屋敷の外へと出ていく。
見つからないよう足音を消し、それでも歩幅は大きく。
屋敷が遠のいていくにつれて、彼女の足取りは飛ぶように軽やかなものとなり、駆け出していった。
ここまでの手順が一番難所であり、そしてエミレスが最も緊張する瞬間だ。
が、今日ばかりはいつもと違い、未だ緊張に鼓動は高鳴り続けていた。
頬に当たる生温い風がとても心地よく感じるほど、全身はずっと熱い。
ようやく明け方だというのに、空は曇天によってどこか薄暗い。
しかし彼女はそんなことにも気付かず。
夢中に彼のもとへと駆けて行った。
「待っていたよ…ごめんね、こんな時間に呼んでしまって」
いつもの待合場所である公園。
その一角にある大きな古木の下でフェイケスは待っていた。
肩で息をしたままであるエミレスは呼吸を必死に整えながら、首を左右に振る。
「ううん、大丈夫、だから…」
「今日はどうしてもこの後に用事があってね…と―――」
と、フェイケスは突如、上空を一瞥する。
空の天候は悪化の一途を辿っており、今にも雨粒を落としそうだった。
「天候も良くないようだ。君を雨に濡らすわけにはいかない」
フェイケスの向ける真っ直ぐな眼差し。
それを、エミレスは慌てて逸らす。
瞳の色が情熱的であるせいか、彼がその双眸を向ける度、彼女の鼓動は高鳴っていく。
そういうとき、エミレスは必ず彼に隠れて深呼吸を繰り返す。
この胸の高鳴りは緊張のせいだと、早く治めなくてはと思いながら。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話
ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。
完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる