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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
14連
しおりを挟む「また此処でお会いしましょう。私はいつでも待っていますから」
優しく穏やかな言葉を囁き、フェイケスは颯爽と去ってしまった。
呆気なく消えて行く後ろ背を見送りながら、エミレスは自身に起きたその感動の余韻に浸っていた。
初めて触れた男性の掌。
初めて見つめた他人の笑顔。
初めて誰かと共感した心。
初めての、幼なじみ以外の友達――。
全てが初めての経験に、エミレスの鼓動はいつまでも高鳴ったまま収まらない。
自分がこんなにも大胆なことが出来た意外さと恥ずかしさに、顔は火を噴いたように熱いまま。
何よりも初めて“友達”と呼べる相手が出来た感激に、喜びが止まらない。
エミレスは独り取り残された後も、しばらくは自身の掌を眺め続けていた。
それからしばらくと時が経ち、フェイケスの言葉通りリョウ=ノウが姿を現した。
一所懸命探してくれていたのだろう彼は顔中から汗を流していた。
「エミレス様…すみませんでした! 僕がうっかりと見失ったばかりにご迷惑をお掛けして…」
駆け寄るなりそう言って深々と頭を下げるリョウ=ノウ。
エミレスは慌てて頭を振る。
「ううん、私は大丈夫だから」
微笑みながら彼を許すエミレス。
頭を上げた彼の表情は安堵で一杯といった様子だった。
「今度こそ絶対に離れないようにします。それでは行きましょうか」
迷子にならないように、とリョウ=ノウはエミレスへ自身の手を差し出した。
その手を握り、エミレスは座り込んでいた身体を起こす。
そしてリョウ=ノウは彼女の手を引いたまま、本来の目的地へと向かった。
いつもならばドキドキと鼓動が高鳴り、緊張せずにはいられないはずのエミレス。
いつもならばもっと嬉しかったはずだった。
もっともっと感激していたはずだった。
しかし、今のエミレスはリョウ=ノウの温もりに何の感情も抱かなかった。
(あの人とはやっぱり何処か違う…)
エミレスの脳裏に過るのは、先ほど出会った友人の特徴的な容姿とその温もりばかりであった。
リョウ=ノウに気付かれないように、小さく洩らす吐息。
顔はまだ僅かに火照ったままで、ほのかに熱い。
視線は何度も何度も、友人となった彼が去って行った先ばかりへと向いてしまう。
これがいわゆる恋煩いの始まりであったとは―――今のエミレスは微塵も気づいてはいなかった。
久々のお出かけ。
リョウ=ノウとの買い物。
それを終えて屋敷へと帰ってきたエミレス。
彼女は誰が見ても明らかなほどに浮かれていた。
隠しているようでも口元には笑みが零れ、時おり自身の手をじっと見つめ続けている。
夕食中でもそれは継続されていて。
浮かれた様子で食事をするエミレスに、リャン=ノウは笑顔を向けた。
「なんやええことでもあったみたいやな?」
「え……」
どうやらエミレスは自分の口元の緩みに気付いてはいなかったようだった。
リャン=ノウの問いかけに驚き、視線を落としながら黙ってしまう。
そこには先ほどまでの笑みはない。
が、暫く沈黙した後、エミレスは口を開けた。
「友達…」
「ん?」
「友達が、出来たの…」
リャン=ノウは思わず目を瞬く。
しかし直ぐに大きく開いてしまった口を戻し、破顔した。
「へえ、友達か。いつの間に作ったん?」
てっきり「勝手に友達なんて作って」と、叱られると思っていたエミレス。
だが予想に反して笑ってくれたリャン=ノウの反応に、エミレスも笑みを浮かべれ照れ臭そうにしながら答える。
「あのね…街中で迷子になったときに助けてくれた人で、伝っていう民族の人でね……」
「ふうん」
エミレスはいつになく興奮気味に、無邪気な顔を見せながら。
友達となった彼のことを話し始めた。
迷子のときに助けてくれたこと。
ジュースを奢ってくれたこと。
一族のことで苦労していること。
友達になろうと言ってくれたこと。
食事の手も止め、一所懸命リャン=ノウに話した。
「―――迷子なった聞いたときはリョウに拳骨せな思っとったけど…そのお陰で楽しい思い出が出来たようなら良かったわ」
リャン=ノウの言葉にエミレスははにかみながら、力いっぱい頷いた。
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