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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
11連
しおりを挟むまるで壁のように立ち塞がっていた人の山であったが、その男性に背を押された途端。
気付けばエミレスはあっという間に人混みから抜け出すことが出来ていた。
「さて…ここまでくればもう一安心ですね」
市場を離れたエミレスは、近くにあった公園へと辿り着いた。
新緑豊かな木々に囲まれた其処では、他の人々も休息場として安らいでいた。
旅人らしき者の姿、親子水入らずの様子。
中には恋人と思われる二人が仲睦まじく手を繋いでおり、エミレスは思わず視線を逸らす。
しかし、こんなにも多くの人が集まっているのに、リョウ=ノウの姿は見つけられなかった。
「あ、あの…」
と、エミレスは振り返るなり深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
礼を言ってお別れして、早くリョウ=ノウを探さなくてはとエミレス思った。
無礼になってはいけないからせめて名前だけは自身の力で聞いて。
謝礼など後のことはリョウ=ノウに任せようと、エミレスは考えていた。
が。顔を上げた直後、彼女のそんな考えは吹き飛んでしまう。
「あ…」
「どういたしまして」
どこにでもいるような穏やかな好青年の彼は、見たことのない蒼色の髪を揺らしていた。
エミレスは思わず目を見開き、その拍子に男性と目が合ってしまう。
その瞳もまた特徴的で、燃える炎のような赤い瞳をしていた。
エミレスは以前、このアドレーヌ王国には主に三種の人種から成っているだと、習ったことがあった。
クレストリカ系人は金色髪に碧色の瞳。
ムト系人は黒色髪に黒い瞳。
そしてジステル系人の鳶色髪に茶色の瞳。
かつての三国の特徴でもあったためその名称が付いているものの、それはもう昔の話。
一国として統一されてから二百年余り。三種の特色による隔たりは今や皆無となり、かつての人種名で呼ぶことはほとんど無くなった。
しかし、例外もあった。
それが少数民族と呼ばれる者たちだった。
彼らは三国時代の頃より独自の文化を築き、特異な外見を持ち、それを誇りとして暮らしていた。
この地域は特に多種多様な少数民族が暮らしているため、このノーテルの街ではそう珍しい光景ではなかった。
だが、日頃から屋敷で箱入り生活をしていたエミレスにとって、彼は初めての出会いだったのだ。
「あの…髪の色、珍しいですか?」
「あ、いえ…その……」
男性は苦笑しながらエミレスの顔を覗き込む。
エミレスは慌てて視線を逸らし、俯いた。
何をせずとも自然と頬が赤くなっていく。
男性は声に出さないように笑みを零すと、おもむろに何処かへ消えてしまった。
突然去ってしまった男性に、エミレスは急ぎ顔を上げ、周囲を見回す。
「あ…え……」
どうして良いのかわからなかったが、彼を見失ってはいけない。
エミレスは咄嗟にそう思った。
しかし慌てる彼女の予想に反して、男性は近くの露店に寄っていた。
「あそこで待っていても良かったのに」
そう言って苦笑を洩らす男性。
彼は硝子瓶に注がれたジュースを手渡した。
「あ、ありがとう…ございます」
エミレスは顔を俯かせたまま、それを受け取る。
硝子瓶のジュースは朱色がかったオレンジ色をしており、彼女にとって見たことのない色だった。
「とりあえず…近くの芝生に座りましょうか」
エミレスは颯爽と歩いていってしまう彼を、必死に追いかける。
見失わないよう、その特徴的な蒼色の髪を目で追い続けながら。
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