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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

8連

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「何処行く気や、コソコソと…?」

 屋敷を壁伝いに、慎重に進みながら辿り着いた裏口。
 その小さな門の前では何故か既にリャン=ノウが仁王立ちで待ち構えていた。
 エミレスの足が止まる。

「リャン…」

 これまで体験したことがない程の衝撃と緊張に足元がふらつく。

「外に行く気やったんやろ?」

 上手い言い訳も思いつかず、リャン=ノウから視線を逸らす事しか出来ないエミレス。
 
「ご、ごめんなさい…でも……たまには私も外に出てみたい…」

 思わず出た言葉。
 俯くエミレスの耳に、リャン=ノウの深いため息が聞こえてくる。

「…別にボクも意味なく外出を禁止してるわけやないんや」

 彼女の言葉がエミレスの心に突き刺さる。



 エミレスはリャン=ノウから社交時以外での外出を禁止されている。
 詳しい理由は教えては貰えず、ただ『外はエミレスにとって毒だから』としか話してはくれない。
 エミレスの兄であるスティンバル国王から彼女の世話を一任されているリャン=ノウに逆らう事は出来ず。
 エミレス自身としても街の人波や活気が好きではなかったため、基本気に留めたことはなかった。
 だが、今回ばかりは違う。
 自ら外へ出たいと、強く思っているのだ。




「ボクはなあ、エミレスのためを思うて―――」
「い、行ってみたいの…!」

 リャン=ノウの台詞を遮り、エミレスは言う。
 相変わらず視線を合わせることは出来ないものの、意を決し、顔を真っ赤にさせながら叫ぶ。

「リョウが…せっかく誘ってくれたし…怖いけど……私、行ってみたいの…!」

 振り絞って出した言葉。
 迸る顔面の熱を冷まそうとするかの如く、目元には涙が浮かぶ。
 その反面、足は凍えるように震え、今にも倒れ込んでしまいそうだった。
 そんなエミレスの行動を見たリャン=ノウは一瞬だけ双眸を見開いた後、静かに細めた。

「……なら、行ってもええよ」

 エミレスは驚き、リャン=ノウの顔を見上げた。
 リャン=ノウはため息を小さく洩らすと、苦笑を浮かべて言った。

「そんな顔で行きたい言われたら…断れるわけないやろ。リョウが居るんならまだ安心やし今日だけやで。それと、門限は夕方まで!」
「リャン…」

 彼女の苦笑はいつの間にかいつもの太陽の様な笑みに変わっており、思わずエミレスも微笑む。

「ありがとう」

 エミレスは強張っていた身体の緊張を解き、頭を深く下げた。

「謝る必要はないて。特別も特別なんやからな!」

 そう言って急に顔を背けるリャン=ノウ。
 不貞腐れているような様子に、もしかして一緒に行きたかったのでは、と思うエミレス。
 良ければ彼女も、と誘うべきか迷っていると、エミレスが口を開くより早くリャン=ノウが言う。

「ほら、此処に居ないてことはリョウが先にどっかで待ってんやろ?」

 その言葉にエミレスは頷く。
 一緒に抜け出すと怪しませるから屋敷の外で待ち合わせしよう。とは、リョウ=ノウが昨晩立てた作戦であった。
 両手をひらひらと払い「なら早よ行きや」とリャン=ノウに言われ、エミレスはおもむろに歩き出す。

「ありがとう、リャン」
「ええから、道中気ぃつけるんやで!」

 エミレスはリャン=ノウへ振り返り軽く手を振ると、急ぎ走っていった。

「やれやれ…」

 エミレスの姿が見えなくなったのを確認すると、リャン=ノウは屋敷内へ戻ろうと踵を返す。
 が、そのとき現れた人影に彼女は目を丸くさせた。

「なんや…まだ行っとらんかったんか」
「珍しいですね、姉さんが外出を許すとは」
「珍しいんはそっちの方やろ、今までエミレスを誘ったことなんかなかったくせに」

 リョウ=ノウは静かに微笑みを姉へと向け、リャン=ノウもまた強気な笑顔を弟に向ける。
 そうして互いに向き合い、対立する。

「姉さんが頑なに許可しなかったから誘えずじまいだっただけですよ」
「当たり前やろ。あの子にとってストレスになるもんを取り払うんがボクらの役目やからな」

 上辺の笑顔の裏で、微塵も笑ってなどいない姉弟。
 不意に風が舞い、互いの黒髪を大きく靡かせる。

「それはわかっています。一つ、王女を傷つけない。一つ、王女にショックを与えてはいけない。一つ、王女を悲しませてはいけない。一つ、王女の嫌がることをしない…でしょう?」
「そうや…せやから外に出したらあかんのや」

 二人の対立は長く続くかに思われた。
 が、次の瞬間。
 先にリャン=ノウがため息を洩らし、折れた態度を見せた。

「―――けどな。あんな必死な姿見せられたら断った方がアカンやろ。それにたまの息抜きにもなるかもしれへんしな」
「はい。僕もそう思い今回の外出を誘いました」 

 リョウ=ノウは相変わらずの笑み顔でリャン=ノウにそう告げる。
 リャン=ノウは不機嫌そうに彼から目線を逸らし、そのまま歩き出し通り過ぎる。
 
「わかってんならええんや。あの子をちゃんと見たってな」

 最後に彼女はそう言い残し、屋敷へと戻って行った。
 弟はそんな姉の姿を見送ると軽く頭を下げ、それから王女様が待つだろう待合場所へ足早に向かう。
 去って行く足音を背にしつつ、リャン=ノウは小さく呟く。

「心配はいらへん……準備は万端なんやからな…」

 彼女は一人ほくそ笑み、屋敷の奥へと消えて行った。






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